【呪術廻戦】嗚呼……火山……【追悼】

乃木坂の一件以降、HUNTER×HUNTERが載ろうともジャンプ本誌を読んでいない者にとって、ジャンプ・コミックスの新巻は重みが違う。
ファンだったわけではないし、結局金を払うなら同じではないかとの意見もあるが、恋愛弱者の瀬戸際な自尊心と少年漫画オタクの純粋な欲求が歩み寄った結果自然に生まれたルールだ。

「アニメのヒロイン登場回に合わせて、本誌でヒロインの頭部が爆ぜる」

といった断片的な情報しかないまま、待ちに待った呪術廻戦の14巻が発売した。
そこで目にしたのは推しの死である。


野薔薇、ではなく……


ナナミン…………


発言の端々が一々アラサー読者の琴線に響く良キャラだった。時代を象徴していたとも言える。
展開やコマの流れがもう一気に読み進めるよう組まれた中に挟み込まれたあっけない死に、混乱をきたした読者は多いだろう。
僕も「この展開をどう読んでいいか分からない」というバグが発生し、何度もページを往復した。この絶妙な非情さ加減は近頃のシビアな世界観の漫画の中でも随一だと思う。

しかしそれ以上に感銘を受けたのが、漏瑚の死なのだ!

何を隠そう、あの火山こそ僕の作中一番の推しだった。
頭でっかちで前のめりで鼻息が荒い、思想活動家っぽいところに強いシンパシーを感じていた。
それだけじゃない。思想と行動の一貫性や作中における脅威度と邪悪さの演出から、久々の名悪役と太鼓判を押していた。

そんな名悪役を、ぐんぐん成長して力を付けた主人公達が協力して倒す展開を楽しみにしていたところ、ここでまさかの死。しかもナナミンに引けを取らないあっけなさで。

しかし、実際には不満以上に感銘が残った。
僕は電子版を買ったのだけど、気が付けば呼吸荒く胸に手を当てながら読んでいた。
何故なら僕らは完全にシンクロしていたからである。
漏瑚に感じていたシンパシーは、気のせいじゃあなかった!


あれは大学1年のころ、サークルの部室でのこと。

「何だお前、つまりチャラ男になりたかったのかw」

そう言って先輩は笑った。すぐさま否定したけれど、続けざまに「いやさ、集団内でのチャラ男の立ち位置になり替わりたいわけだろ?」と言われたら、返す言葉がなかった。まさにその通り、ぐうの音も出なかったからだ。

この会話でのチャラ男を人間に、オタクあるいは真面目クンを呪霊に置き換えれば、そっくりそのまま漏瑚と宿儺のやりとりになる。

やはり漏瑚はクラスの隅っこのヒネたガリ勉だったんだ。
漏瑚の不満は俺たちの不満で、漏瑚の鬱憤は俺たちの鬱憤だ。
漏瑚は俺たちのルサンチマンで、それこそが本当の人間で、我武者羅に愚直に何がなんでもその尊厳をいつか必ず示したかったんだ。その気概が千年後の荒野にある。
漏瑚はおれたちだった。

『呪術廻戦』は露骨に陰キャ向けに描かれている節があるでしょ?
漏瑚もそうだし、伏黒をはじめとして作中で徹底されている加害原理とか、順平君とか。

順平君に関しちゃ、「関わらないことが正義」を提唱した時点で本作一発入信だったからね。
あの真理を少年ジャンプという最強の媒体に載せてくれただけで、この漫画は自分にとって特別な一作になると確信したよ。


その作品が、我々ヒネたガリ勉の鏡であった漏瑚に与えた最後はどのようなものだったか。
今更ネタバレも何もないだろう、それは存在の肯定だった。
「お前はお前の存在を誇っていい」という賛辞。圧倒的強者による本心からの賞賛だった。

お互いの呪力を向け合い、力の差を知り、敗北を悟った漏瑚の行動はと言えば、涙。
それも恐怖でも怒りでも無念でもなく、純粋なる歓喜の涙だ。
負の感情の化身であるはずの呪霊が、嬉しくて泣いているのだ!
感激のあまり歓びのあまり涙しいているのだ!!

ああ漏瑚、おまえは俺だ。おまえは俺なんだ。おまえの涙は俺の涙だ。
俺に必要なのはこれだったんだ!

当然ながら気が付けば俺も涙していた。胸に当てられていたはずの左手は口を覆っていて、指の隙間からは嗚咽が漏れていた。そこで俺は思った。

「えっ、何これ……敵キャラ同士なのにめっちゃ少年漫画じゃね……?」

無念の昇華、負から正への転換、凝り固まった陰気な精神への共感と救済と解放、ある種のスポーツマンシップ、それらを一連の流れで繋ぐ全力の力比べ……これぞまさしく少年漫画の醍醐味ではないか!!

ああ、漏瑚よありがとう。俺たちの代わりに救われてくれてありがとう。
いい新巻だった! 私は今猛烈に感動している!

コミュニケーションと普通の人間について知りたい。それはそうと温帯低気圧は海上に逸れました。よかったですね。