きのこ観察してみた! 未知種への挑戦!

 きのこが好きだ。何故なら可愛いからだ。丸くてふっくらしていてかわいい。きのこを採るのも、食べることがあるのも、その可愛さに触れあうためだ。つまり野良猫に話しかけるのと似た感覚なのだけど、きのこは逃げないので良い。そして、きのこは時期と天気とを合わせれば割と狙い通りに姿を見せてくれる。
 例えば先日も、以前気になるきのこを見かけたカシの木の根本を頃合いを見計らってチェックしてみると、会いたかったきのこが雨の後に案の定ポコポコと顔を出していた。
 きのこも慣れてくると作業がが効率的・流れ作業的になってくるきらいがある。決まった時期に決まったラインナップを探して満足してしまうのだ。だから今回は久しぶりに、あえて未知なるきのこをじっくりと観察してみようと思ったのだ。そういう点ではこれがうってつけだろう。

 うっわー、沼……。

 きのこにある程度詳しい人はそう思うだろう。アマチュアは勿論研究者でも避けて通るような地雷の沈んだ沼みたいな領域。似たような複数の種類がひしめき合っていて、一部にしか名前が付いていないフロンティアだが、近年は熱心な研究者によってある程度開拓が進んだと聞くし、今回はここに挑もうと思う。


 まず大まかな特徴を列挙しよう。きのこを調べるうえでは、樹木・形・色・大きさ辺りが基本の情報となるから、まずそこをチェックしよう。

樹木:樫の仲間
形状:焦げたライ麦パンのような丸い形からパンケーキ型へ開く
   裏側はスポンジ状
色:傘は焦げ茶色
  裏のスポンジは黄色ベースに赤褐色を帯びる
  柄は上部が黄色で下部が小豆色、根本付近に白い産毛状の菌糸
大きさ:5~30cmくらいの大型

 パンのような見た目で裏側のスポンジ状、といえばイグチの仲間だ。その中でもずんぐりむっくりで大型になるのは主にヤマドリタケ・ニガイグチ・イロガワリ/アシベニイグチの仲間。個人的にこのあたりの形が一番かわいい。
 絵が赤みがかるのはイロガワリやアシベニイグチの仲間だろうと思い、柄に触れてみる。すると、みるみる青く変色していくではないか!
 イロガワリとはその名の通り触れたり傷つけたりすると青く変色するきのこで、アシベニイグチの仲間などにも変色性がある場合が多い。これでとりあえず大まかなグループは絞れたぞ。

 さてさて通常の手順であればこの辺りから図鑑のページをめくるのだけれど、今回は難敵であるから勝手が違う。新種が多く殆んどが図鑑に載っていないばかりか、いかんせん名前が付いていない可能性すらあるのだ。

 そこで頼ってみるのがイグチに詳しい「牛肝菌研究所」というサイト。図鑑に載っていない、聞いたことすらいない名前のイグチをポンポン同定していく驚異のサイトである。イグチ科は太っていて可愛い種類も多いので、癒されたい時に度々見てみるのもよいだろう。
 トップページからの行き方はわからないのだけど、「ホテイイロガワリ」で検索するとヒットするページから「もどる」をクリックすると、名前から写真と特徴にアクセスできるページに行きつく。今回はここで似たものを探していく。さーてこの謎イグチの名前はわかるだろうか?


 というわけで、まずは名前の印象からなんとなく大型で青変性のある種類であろうと想像の付く「ホテイイロガワリ」からチェックだ。
写真の印象では既に何か違う気がしているものの、きのこの外見は個体差も結構あるので、ちゃんと解説文を読んでみる。

 >擦ると速やかに青黒く変色

 ホテイイロガワリは傘を擦った時に変色を起こすらしい。イロガワリやアメリカウラベニイロガワリは触れた瞬間変色していくから、擦る必要があるのは大きな特徴と言えるな。
 実物を前にスマホでこの記述を読んでいた僕は、早速目の前のきのこの傘を指でこすってみた。コスコスコスコス……


 変色…………しない!! ってことはホテイイロガワリではない!

 名前の印象だと120%くらいホテイイロガワリで決定だろうとか思ってたんだけど、全然違った。まさか変色が柄だけだとは。しかも傘表面だけじゃなく肉も管孔(裏のスポンジ)も変色しやがらねぇ。イロガワリかと思ったけど君は一体何なんだい?

 次に検証するそれっぽい新種はモウセンアシベニイグチ。イロガワリとアシベニイグチはどちらも傘に変色性があるし、ずんぐりとした形状で大きく育つ種類が多い所も共通している。特徴も擦って変色しない傘とか白い菌糸で覆われる柄とか、それっぽいんじゃないか。だなんて思っていると飛び込んできたのが「コメツガ」の文字。コメツガといえば富士山のような高い山に生える針葉樹ではないか。関東の住宅街に生える木じゃあない。同じ新種のアカネアミアシイグチは富士山のきのこだから最初から候補から外してたんだけど、こりゃモウセンアシベニイグチも除外だな。

 次、ニオイバライロイグチ。本種の傘は生粋の茶色だしもう名前からして明らかに違う種類だ。ただこのニオバラさんは嗅覚同定ができる種類なようだから、記念ってことで本種のニオイも嗅いでみた。

 クンスカクンスカ…………

 うん、普通のキノコ臭だね。いたって普通の。生マッシュルームに近いニオイ。これで例えばニセアシベニイグチのような、特徴的なニオイを持つ種類は全て候補から外れる。
 研究所のリストに載っているミヤマイロガワリの説明にはスパイスの匂いとあるからそれも違うな。ああどんどん候補者が脱落してゆく。
 名前的に大型になりそうなオオダイアシベニイグチの写真を見てみるも、やはりアシベニイグチというだけあって柄が鮮やかすぎて見た目からして全然違うっぽい。ヌメリイロガワリなんてのもいるようだけれど、本種は雨が降った翌日であるのに固く乾いていたのでそれも違うだろう。

 ダメもとでヒイロウラベニイロガワリの写真を見てみたけれど、傘が緋色をしていないだけでなく、スポンジ部分の付き方も違った。
 イグチの管孔と呼ばれるスポンジ部分の柄に対する付き方は大きく二種類あって、柄の周囲で陥没するタイプと柄に沿うように隙間なく接するタイプがある。ヒイロウラベニイロガワリは前者の付き方に近いようで、柄と管孔との間位にやや窪みがあるけれど、本種は後者の付き方で窪みがない。

 そしてここで気が付いたのだけど、裏側のスポンジが黄色いのと褐色なのとがある。胞子が成熟すると赤くなるというわけでもないらしく、若くて赤い個体もあれば、傘が手のひらより大きく開き切っても黄色い個体もある。


 そして唯一それなりに強い変色性を見せた柄だけれど、時間を置くと青さがなくなり、単なるシミみたいになることがわかった。
 アメリカウラベニイロガワリと混同されていたオオウラベニイロガワリというのもあるようだけれど、肝心の変色性がこうも弱いとなるとそれも違うっぽいですね。

 ここまで調べたけどどれでもなくお手上げ。自然の不思議の前にもはや人間は打つ手なし。降参するしかないね。

 青く変色するイグチはイロガワリとアシベニイグチの仲間以外にもあった気がするし、アタリを付けた場所が間違いだったのかもしれない。近年は遺伝子解析でグループ分けがころころ変わるので、僕が頭に思い描く分け方がそもそも間違っている可能性もあるわけだ。
 だってアレよ、叩くと煙を出すホコリタケ、あれって普通のきのこの形してないけど、遺伝子的にはスーパーで売ってるマッシュルームの仲間なんだってよ。そんなのわかる? 見てわかります? シイタケよりもナメコよりもホコリタケがマッシュルームに近いんだって。そんなのアリかよ。
 きのこは時たまそういう無理ゲーを挑んできたりする事例があるわけで、まあこれ分からないのは仕方ないですね。久しぶりにこういう触れ合い方が出来てよかったよ。



 そういえば一点、柄の黄色と赤褐色の混ざり方とか質感が、水彩色鉛筆で塗ったみたいな感じだったのは目立った特徴と言えるかもしれない。あの肌の上にも塗れて洗うと落ちるやつ。勿論きのこが色落ちするわけではないんだけど、ツルっとしてるわけでもザラザラしてるわけでも瑞々しいわけでもない、あの独特の感じ。
 これってもしかすると大きな特徴になるんじゃないかな。

コミュニケーションと普通の人間について知りたい。それはそうと温帯低気圧は海上に逸れました。よかったですね。