理想的少年漫画原作映画としての『ワンピース スタンピード』

 少年漫画フェチ的な観点から言うと、2019年夏に公開された『ONE PIECE』の映画は実によくできていた。いよいよ公開が終了したことでそのことをネタバレを気にせず書くことができます。

【あらすじ】
 ゴールドロジャーと同時期に活躍した、既に死んだはずの海賊から、麦わらの一味あてに「海賊万博」の招待状が届く。海賊王の宝を巡るイベントとあって、当然ルフィはお決まりの即答で参加を決める。しかし会場の華やいだ雰囲気の裏では、何事か傷だらけのローがバギー一味に追われていた。明らかに怪しげな海賊万博には、一体どんな思惑が隠れているのだろうか……?


 と、いう切り口で始まった「海賊万博」なんだけど、何だかよくわからないまま僕らを劇場へとかり立てておいて、結局モヤっとしたままロクに形を持たずに手早くとっとと終わってしまう。
 
 ええっ!? もしかして海賊万博、レース以外はオープニングの背景だけでもう終わり!?

 明らかにキャッチフレーズが先行した内容で完全に拍子抜けだ。これからどうなるのか? この映画は大丈夫なのか? などなど不安になるものの、実はそれが大正解。
 そこから立て続けに巻き起こる怒涛の展開、つまり、お宝争奪バトルロイヤル → ルーキー連合VSロジャーの片腕ダグラス・バレット → オールスターズVS巨大化バレット の三段構えが実によかった。少年漫画原作のアニメとしては、まさに夢のお祭り展開の決定打と言うべき出来だ。

 個人的に、少年漫画原作の映画に求める要素は3つあるんですよ。

1.ジャイアントインパクト感
 理科の授業で習ったことがあるだろう。ジャイアントインパクトとは、地球に巨大隕石が衝突し、吹き飛ばされた台地が宇宙空間で固まることで月となった、あの一世一大の超天体事件である。テレビアニメ化した少年漫画が映画になる場合、それはこのジャイアントインパクト的である必要がある。
 つまり、原作のめぼしいポイントに新たに大きな一要素を加えて、可能な限り本編と整合性のある独立したストーリーを錬成する必要があるのだ。本編の陰にあったかもしれないという、ある種のリアリティや説得力がなければ、ファンは映画を精巧に作られた偽の世界と認識してしまうだろう。
 この点は『ドラゴンボールZ』の映画がどれも上手い。子供っぽいフリーザに兄が居たら、というアイデアから生まれたクウラや、「伝説の超サイヤ人」なる存在が本当にいるとしたら? で生まれたブロリーなど、設定だけでファンはワクワクしてしまう。どこにワンアイデアを撃ちつけたら面白い外伝が出来るのかの見極めが適切なのだ。劇場版はそういうコンセプトでなくてはならない。

2.てんこもりなゴージャス感
 これは言うまでもない部分なんだけれども、なるべく賑やかに、大掛かりで、華々しいほうが良い。たとえそれが現実的には結構なハリボテにしかならないものでも、小さく奇麗に纏まるよりかは大ぼら吹きであるべきなのだ。
 それはつまり、『ダイの大冒険』の映画のように、30分で強引に全滅する手はずになっていようと「TVシリーズの敵達より強大な影の六軍団!」と銘打たなくてはならないということだ。敵や味方の数はある程度多いほうがいいし、必殺技もバンバン登場させてハチャメチャにやったほうがいい。
 小さく奇麗にまとまった『起ち上がれアバンの使徒』より、豪華さに全振りした『ぶちやぶれ新生六大将軍』。それが正解だ。実際の内容との落差をどう調整するか、それはその後の話である。

3.スマートなロジック感
 1のインパクトで地球に空いた穴をどうするか。2でハチャメチャやった落とし前をどうつけるか。あるいは、単純に原作との矛盾を少なく。そういった諸問題の後始末がこれにあたる。ここがダメだとやはり劇場版が原作と地続きでなくなってしまうので、地味だが最もテクニカルな要素だろう。
 原作の物語の一部としてスタートしながらも、劇場版は劇場版で完結しなくてはならないし、本編に大きな影響を与えてはいけないのだから、当然ひと工夫もふた工夫も必要になる。
 映画独自の必殺技はゴージャス感に寄与するが、その原理が原作の設定からしてあり得ないものではいけないし、それは作中に登場するギミックやアイテムも同様だ。オリジナル技が原作に逆輸入されることはあるかもしれないが、劇場版が本編にもたらす作用はその程度が限界で、作中で得た報酬は原作に持ち越すことができない。どうにか理由を付けて破棄しなくてはならないのだ。


 さて、見た方々はもうわかったと思うんだけど、『スタンピード』って、ストーリーの纏まりがよいのに、上記の3要素を全て満たしているんですよね。
 『ワンピース』は映画用の新しい島に寄れば、基本的に矛盾なくストーリーが作れます。ですが今回は大勢のキャラクターによる夢の競演を果たすための起爆剤として大きな大きなインパクトがあるので、当然ながら原作との調整が難しくなるところ。その絶妙なかじ取りが抜群に上手かった。
 あれほど大がかりなお祭り騒ぎを実現するには、あまたの強豪海賊を集結させ、革命軍を動かし、政府・海軍にバスターコールを使わせねばならないわけで、それだけのブツが絡むとなると作中世界をひっくり返す代物を出さざるを得ない。そうなるともう必然的に、海賊万博の目玉はワンピースに匹敵する代物でなくてはならないわけですよ。そうしないことには、『スタンピード』は『ONE PIECE』の世界にあったかもしれない、リアリティを持ったifストーリーにはなり得ないんです。

 しかしそんなものを手に入れるわけにはいきません。映画が本編に影響を出すことはご法度ですから。かといって強敵に勝っておいて報酬が手に入らないのは興ざめもいいところ。さらに言えば、そもそも「ワンピース」に匹敵するお宝を、本編と矛盾なくどのように捻出するかも頭を悩ます点でしょう。勿論尾田先生の監修の効果もあったんだろうけど、劇場版スタッフはこれらの点に鮮やかに答えていて、実に実に見事なんですよ。
 破格の報酬を出して、それを手に入れ、でも理由を付けて本編には持ち越させない。そんな無理難題を、ルフィというキャラクターを軸にして解決する奇跡的なオチ。唯一絶対の最適解。ルフィなら必ずああするし、そのルフィが手にするのなら、ああいう報酬も用意できてしまうわけですね。
 これにはもう、エンドロールで立ち上がって喝采を送りたい気分でした。

 ゴージャス感も凄いですね。最悪の世代のルーキーたちが入り乱れてのバトルロイヤルと、突如現れて殺戮を始めたバレットを前にしての共闘、そしてバスターコールを挟んで見事に役者を入れ替えた後に始まる、ルフィのもとに集った多属性連合での共闘。まさか、ルフィとバギーとスモーカーが共闘するなんて! 本編じゃまず出来ないよ。映画ならではだよ。これぞifストーリーの醍醐味!
 これらについては言うまでもなくて、見ればわかるので、これ自体についてはそんなに書きません。


 では何を語るのかというと、決着のシーンについてです。上記の三要素をしっかり満たしたうえで、映画としてのまとまりはいい、っていうのが、『スタンピード』の凄い所なんだから。あのシーンは外せません。

 『スタンピード』のストーリーをまとめていた芯の部分って一体何だと思いますか? ウソップの狙撃手道? それも確かにそうです。それも一部です。ただ一番大切な部分って、CMでもあったあのセリフだと思うんですよ。

「この海で一人で生きてる奴なんていねぇ!!」

 仲間を大切にするルフィを体現するようなこのセリフ。これです。この部分が良かった。ウソップの根性も確かにそうなんだけど、映画のボスキャラだったダグラス・バレットと、このメッセージの関係性に注目してほしい。それが凄く良かったんです。
 ピンとこない人は、決着の直前にあったオラ無駄ラッシュ攻撃合戦のどのタイミングで挿入歌ウィーアーが流れたかを思い出してみてください。

 どこだったでしょうか。ちょっと変なタイミングでしたよね? 思い出せましたか?


 そう、ルフィが必殺技を仕掛けるタイミングではなく、必殺技のさく裂するタイミングでもなく、バレットとロジャーの回想シーンが入るタイミングです。回想突入でウィーアーの映画アレンジが流れる。勿論初代オープニング曲のウィーアーは元々ロジャーの処刑シーンで流れていた曲ですから、それにかけたってこともあるでしょう。でもここでは物語の構造を意識してほしいんです。

 全ての強豪を倒し、最後の一人になった世界最強の男が海賊王だと言うバレット。
 そんな奴は海賊王じゃねェと言い放ち、ボロボロになっても仲間の為に戦い、所属の異なる面々を束ねて立ち向かい、島と一体化するバレットの強化形態を徐々に追い詰めていくルフィ。

 これもう力比べじゃなくて、「海賊王」っていう存在に対する解釈を争う信念の戦いなんですよ。
 そしてバレットの信念には悲しい過去があるという、その生い立ちがセンゴクとガープの会話で明かされたところで、完全に潮目が変わります。バレットの無敵がゆらぎます。バレットはただ一人、ロジャーのことだけは慕っていたからです。孤高を旨とし強豪相手に一騎当千を体現する彼にも、仲間と過ごした時間があり、そこには一人では得られない喜びがあった。

 ルフィとの戦いでそれを思い出してしまったら、バレットにとっては思想上の敗北です。彼が強くなったのは、ロジャーを目指したからです。ロジャーを失って悲しかったからです。一人が最強でないとわかってしまったら、もはや拳に込める信念は無くなる。ロジャーとの日々を思い出すシーンでルフィの勝利確定曲が流れるのはそのためなんですよ。
 そしてそのコンセプトが、共闘やウソップの活躍といった要素と繋がって、ストーリーの根幹をなしているわけです。目一杯豪勢な造りにしておきながらそれだけの纏まりを持った『スタンピード』は、やはり夢の映画だと思うのです。未見の人も是非見たほうが良いです。

コミュニケーションと普通の人間について知りたい。それはそうと温帯低気圧は海上に逸れました。よかったですね。