スーパーマーケットとFF7――悲しまないフリはよせ

 人間の記憶は紐づけがされている。英単語は語源から覚えると良いという話の根拠はこれだ。ストーリーの流れで覚えておくと、どこか一転さえ思い出すことができれば芋づる式に思い出していける。思い出す確率が上がる。

 この紐づけは、なにも暗記だけに限らない。何かの拍子にふと思い出してしまうことがある。別れる男に花の名を一つ教えておきなさい、という知恵もこの紐づけを利用したものだ。皆さんも何かの拍子に昔の記憶が意図せず花開いた瞬間というものがあるだろう。

 さて、これはそうやって記憶の花が勝手に開いてしまった話なんだけど、LIFEというスーパーをご存じだろうか。ひょっとして埼玉ローカルだったりしないだろうかと調べてみたところ、2018年は業界5位だったようだから、全国チェーンっぽくて安心した。四葉のクローバーのマークのあれである。

 先月だったか、散歩中にLIFEの看板を見かけた。特に気にも留めずに看板の下を通り過ぎる。しかし気が付けば脳内で流れるピロリロピロリロという不穏な高音と背筋を不気味に撫でていくような低音から始まる、おぞましい中でも瀬戸際を戦い抜く英雄の姿を思わせるメロディ。
 ジェノバだ。イタリアの地名ではない。J-E-N-O-V-A。宇宙から来た厄災で、触手を持つ肉色をした異形の塊。専用のボスBGMを与えられたFF7の強敵だ。その戦闘曲が急に思い出された。突然ゲーム曲が流れだす現象は僕にとってはまあそこそこ日常的な出来事なのだけれど、その時は確かな刺激を感じた。外の何かにスイッチを押されて、ジェノバのテーマが流れたのだ。
 単純な共通点探しで、何かの答えはすぐに見つかった。原因は四つ葉のクローバーを模した看板、スーパーマーケットのLIFEだった。

 ジェノバはその身を裂かれても行動でき、各パーツと複数回の戦闘がある。各パーツは戦う順にそれぞれBIRTH、LIFE、DEATH、SYNTHESISと名が付いている。僕の脳は無意識のうちにスーパーマーケットのLIFEからジェノバLIFEを想起し、気を利かせてテーマ曲を流してくれていたのだ。

 しかし脳はしばしばオマヌケなミスを犯す。今回にしてもそう。よくよく考えると、ジェノバLIFEはテーマ曲がかからないボス戦なのだ。今度のリメイク版FF7をまっさらな状態でプレイしたい原作未プレイ者はネタバレになるので注意しておくけれども、わざわざ専用のBGMを用意していた相手との戦闘で他の曲が流れるということは、作品の中枢をなすような重要イベントの最中での戦闘であるということだ。これが何を意味するのか分からない、リメイク版プレイ予定者はここで引き返した方がいいだろう。

 そう、あのイベントの直後なんだわ。ジェノバLIFE戦。
 巨大な貝殻に包まれた「忘らるる都」の奥、石灰質の天井から漏れた光が優しく差し込む泉で、エアリスが殺されるあのイベントだ。当時としては最先端で希少極まりなかった3DCGで描かれる刺殺シーンでエアリスがドサッと崩れ落ちると、持っていた白マテリアが石の上をはねながら泉の底へと沈んでゆく。ここで穏やかで切なくもどこか温かいエアリスのテーマが流れるのだが、イベントの余韻を味わう余裕は与えられず、去り際にセフィロスが放っていったジェノバLIFEとの戦闘が始まる。
 ご丁寧に、普通にイベントを見ていると、ちょうど曲がひと段落する静かに弾むような下降音階の部分で画面が捻じれ、メロディのスタートと共に戦闘に突入という調整付き。ここの下降音階は弾むように転がり落ちていった形見のマテリアを想起させ、さらに命が閉じていくイメージとも重なる。
 僕は流行りものに疎いのでFF7の初プレイが遅く、エアリスが途中で死ぬことは友達から聞いて重々承知だったし、ヒロインの死という衝撃は話題性こそあれ多くの男子小学生にとっては現実感を持たず、クラスの中ではかえってギャグのように扱われていた。
 僕もネタにしていたし、ギャグだと認識していた。むしろ話題のあのシーンを早く見たくて仕方がなかった。そういう変な興奮があった。無邪気で下品な刺激体験だった。感動は特になかったはずだ。

 でもハッキリ覚えてるんだよ。あの記憶は「LIFEといえばジェノバ」っていう認識まで僕の中に作り上げていて、記憶を捏造してまで四葉のクローバーからジェノバのテーマを流させる。戦闘曲としてのカッコよさがある中で、今となってはちゃっぱりちょっと悲しく寂しい気分になる。それはエアリスのイベントに関する記憶が、LIFEと楽曲『J-E-N-O-V-A』の間に絡まっているからだ。

 やっぱり結構衝撃だったんだな、小学生の自分。展開を知っていても、ギャグだと思っていても。むしろ僕に限らず友達みんなして割とちゃんとショック受けていて、それをどうにかするためにギャグという形で面白おかしく言及しあっていたんじゃないかな、と思った。
 なーんだみんな、いっちょまえに強がってたのかよ。ゲームの女キャラが死んで悲しいなんて言ったら恥ずかしいけど、どうにか話してスッキリしたいから、面白イベントってことにして、ふざけて笑っていたのかよ。可愛いじゃないか。可愛いな小学生のみんな。
 それに気が付かせてくれてありがとう、スーパーマーケットのLIFEさん。今度お茶でも買うよ。

コミュニケーションと普通の人間について知りたい。それはそうと温帯低気圧は海上に逸れました。よかったですね。