【新章突入記念!!】いまでこそ『ダイの大冒険』なワケ

 『ダイの大冒険』のアニメが新章に入った。
 大きな山場のバラン編の最中で唐突に終わってしまった旧版アニメを、夏休みの再放送にかぶりついて見ていた身としては、感無量の涙があふれ出してやとどまる所を知りません。アニメの続きの単行本を握りしめ、この日をどれだけ夢見たことか。
 ダイは竜の力に目覚め、ポップとマァムそしてあの敵キャラクターもが大きくパワーアップ。魔王軍はついにその全貌を見せ、物語が大きく動いていくパートだ。今後の展開は、RPGで船を手に入れて世界が一気に広がりを見せる時の、あの感覚に近い。

 土曜の朝9時と子供の見やすい時間の放送で、今のキッズ達がかつての僕のように夢中になっていれば嬉しいのだけど、90年代でも既に硬派で古臭い部類の漫画だった『ダイ』が、はたしてどれだけ今の子供達に受け入れられているのか、心配なのが正直なところ。
 しかし老害と後ろ指差されるのをを恐れずに言えば、今だからこそ『ダイの大冒険』は世に出るべき物語なのだ。


 道徳的とか言ってしまうと途端に胡散臭くなるけれど、『ダイの大冒険』は直球で正義の漫画だ。人間の良さも悪さも描いたうえで、その岐路で正しい道を選ぶ姿の気高さが『ダイ』の真骨頂だ。
 そういう正義や道徳がウンザリされているのも分かるけれど、斜に構えるのが常になり、正しさというモノがすっかり胡散臭くなった今でこそ、単純明快な勧善懲悪に立ち返ることに価値があるんじゃないだろうか。

 勿論、そんなものは今の売れ筋じゃない。土曜の朝の放送はリスキーだったろう。
 妖怪ブーム真っただ中でさえ、純粋無垢な正義の味方と妖怪のコンビが活躍する『うしおととら』が深夜放送だったのだ。テレビ局もスタッフも、どれだけ思い切った決断だったかは想像に難くない。
 それでも子供の見やすい時間にしたのは、「一周回って今ならこういうのも良くない?」という思いがあったんだと思う。


 なぜかって、今の流行り筋は単純に夢がないからだ。ここ10年の売れ筋はシビアな世界を生き抜く作品で、そういう漫画が目立つし増えたしウケている。
 勿論この辺の価値観は好みの問題だし、面白いかとは別問題だし、面白いことが第一で、夢のない世界観でも面白ければそれで良いのだ。それは確かなんだ。
 そしてウケるとか、話題になるとか、SNSでバズるとかいう意味において、キャラクターも読者も容赦なく打ちのめす展開というのはすこぶる評判が良い。

 この路線のスタートは『進撃の巨人』で、『東京喰種』が続き、この作風が麻薬のように展開から目を離せなくなるもんだから、その後の作品はあらゆる形で世界観にシビアさを取り入れていった。
 例えば、連載当初は親しみやすい絵柄で人気を博した『ヒロアカ』も、絵柄からはとても想像できないくらい、えげつない生い立ちや痛々しい負傷を負う方向にシフトしていったし、『鬼滅の刃』では死が丁寧に描かれ、『呪術廻戦』や『チェンソーマン』では、キャラクターが酷いめに遭うたびSNSでファンの阿鼻叫喚が飛び交った。

 さて皆さんは真希さんが宣言通り禪院家の当主になれると思うだろうか?
 まず、なれない。九分九厘なれない。五条先生が呪術界を一新するミラクル革命が起きればワンチャンあるだろう。でもそれ以外のルートは、ない。ないのだ。自尊心を保ったうえで折り合いをつける方向に行くはずだ。
 あの世界が意地悪だから? 違う。意地悪なのは現実だ。現実に夢がないのだ。


 『進撃の巨人』ブームはリーマンショックや東日本大震災に近い時期に起こった。世の中への閉塞感がハッピーエンドを拒絶し、シビアな作風が低年齢化していったわけである。現実に責任を負わない物語のご都合主義はもうこりごりで、辛く厳しい世界で打ちのめされても必死に食らいつくタイプの作品が広く共感を集めたのだ。

 そんな過酷な世界観の少年漫画といえば、『約束のネバーランド』は外せない。
 知恵と勇気で絶望の世界を生き抜き、希望の未来を切り開いていくディストピアファンタジーだが、全力でハッピーエンドを志向しつつも、容赦ない絶望が否応なしに犠牲を強いる希絶のさじ加減が見事だった。


 辛く厳しい世界をどう生き抜くか。絶望の中でどう折り合いをつけ、前を向いて何を成すか。それが友情・努力・勝利に代わる、次世代的な少年漫画のテーマなのかもしれない。

 そういう流れの中では、単純明快な正義の味方には中々活躍の場がない。『ワンパンマン』のようにギャグにでもしない限り。
 思いっきり愚直に、ひたむきに、健気に、誰もが見向きをしなくなった正義を志向する。そんな漫画は世に出ないのだ。リバイバルでもない限り。

 でもそろそろ、息抜きが欲しくなった。

 もしここで改めて、安心して希望を託せる純粋なヒーローが求められるのだとすれば、その大役を務める作品は『ダイの大冒険』をおいて他にない。

コミュニケーションと普通の人間について知りたい。それはそうと温帯低気圧は海上に逸れました。よかったですね。