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公安9課が死んだ日 攻殻機動隊 SAC _2045

先日、『攻殻機動隊 SAC_2045』がNetflixで全世界に公開された。

見た人はすでにご承知のことだと思うが、悪い意味で最悪の作品になってしまった。攻殻機動隊SACシリーズファンとしてのぼくの感想を一言でまとめるなら「見ないほうがいい」という一言に尽きるわけだが、この怒りをせっかくなので以下にまとめることとする。

攻殻機動隊 Stand Alone Complexについて

士郎正宗原作の『攻殻機動隊』を元に、「もし草薙素子が人形使いに出会わなかったら?」というパラレルワールドを描いた作品が『攻殻機動隊 Stand Alone Complex』だ。魅力的な公安9課のメンバー、笑い男事件という劇場型犯罪、サブエピソードに散りばめられた伏線回収の妙、サリンジャー作品と近未来という一見ちぐはぐな、しかし見事な組み合わせ、これほどのクオリティのアニメにもう出会えることはないのではないかと思わされた、疑うことなきマイベスト作品だ。オリジナルなき模倣者の台頭を最終話で「Stand Alone Complex」と名付ける伏線回収、そしてそれに対抗する方法は、本来、自我=ゴーストを持たないタチコマが並列化の果てに自我を獲得することで身に着けた「好奇心」であるとし、タチコマというキャラのありようを作品内の根幹に据えることにも成功した。

続編となった『攻殻機動隊 SAC 2nd GIG』では、近未来の難民問題をテーマに「第一期で自然発生したStand Alone Complexを恣意的に生み出す敵」が描かれた。第一期と比べると若干の粗があったものの、しかし名作といって十分に差しつかえない出来だった。一期で活躍を見せた公安9課が、二期ではゴーダの謀略を前に身動きが取れなくなる、つまり「犯罪に対しての攻性の組織」であるための少数精鋭を逆手にとられた展開は本当に見事だった。人気作品の二期というのは得てして冗長な焼き回しになるものだが、決してそうなることなく、新しい観点で作品(そしてStand Alone Complexというテーマを)を再構築したのは見事の一言に尽きる。

劇場版の『攻殻機動隊 SAC Solid State Society』は評価が分かれる作品だと思うのだが、神山監督が以前何かのインタビューで答えていた(ように記憶している)「SSSを作ることで、ぼくは公安9課をお返ししたんです」という言葉がすごく腑に落ちたのをいまでも覚えている。SACファンに対するファンサービス作品、それがSSSであり、実際サイトーのスナイピング対決や、唐突なタチコマの復活(そして流れるrun rubbit junk!!)など「細かいことはいいんだよ。楽しめよ」というサービスシーンが盛りだくさんな映画であった。この「お祭り」をもって、攻殻機動隊SACは終わった。終わっていたし終わらせるべきだったのだ。

攻殻機動隊 SAC_2045について

昨日、攻殻2045を見終わった。感想は先に書いた通りである。あまりに辛すぎて、一気見することができず、一時停止を繰り返しながら見ることになった。

先日全世界に公開された攻殻2045、その世界観について書くと以下のとおりである。(以下1話の導入よりまんまコピペする)

2042年……Great4(米帝、中国、ロシア、ヨーロッパ連合)は互いが“ウィンウィン”になる持続可能性を模索していた。
米帝は人工知能、通称「コード1A84」を使用し、世界はのちにサステナブル・ウォー(持続可能戦争)と揶揄される“産業としての戦争”をスタートさせた。
しかし、各国が自国の利益のみを最優先させようとしたことから、その後世界は深刻な事態を迎える。
2044年……全世界が同時デフォルトし、各国の金融機関は取引を停止。紙幣はただの紙くずとなり、仮想通貨や電子マネーはネット上から全て消失した。
これをきっかけに“産業としての戦争”は急速に激化し、先進国においても暴動やテロ、独立運動、国を割っての内戦が勃発し始めた。
サスティナブル・ウォーは緩やかに、だが確実に人類滅亡に向かって拡大しつつあった。
そして2045年、現在……

要は全世界が治安最悪で戦争状態になった近未来。そこで草薙素子やバトーなど9課の旧メンバーは傭兵家業をしているという導入だ。もう一話の時点で頭を抱えてしまったのだが、バトーが完全に「お気楽な戦争野郎」というチープな軍人に成り下がっているのだ。
SACシリーズを語る上で外せない、ぼくの大好きなキャラクターのひとりにバトーがあげられる。全身義体の義眼の大男、義理と人情に厚い彼は多くの名エピソードを生み出した。各キャラの掘り下げエピソードのひとつである『密林航路にうってつけの日 JUNGLE CRUISE』では、PTSDにより連続猟奇殺人事件を繰り返す元米兵が描かれた。そのエピソード内でバトーは殺してくれと懇願する犯人に「悪いがな、俺の戦争はとっくに終わってるんだ・・・!」と返し、その後素子に「お前、俺が撃つと思ったろ?過去の汚名を晴らそうなんて陳腐な正義感が頭をよぎってな。ふっ、変えられない過去ならいっそこのまま墓まで持ってくさ。此処は奴のジャングルじゃない。俺達の街だ。そして俺は、警察官だからな。」と語るシーンは、バトーという男がもはや軍人ではない、あくまで警察官なのだという決意を新たにした名シーンだ。

そのバトーが攻殻2045冒頭で発したセリフがこれである。「サステナぶってるパーリィピーポーは多ければ多いほど楽しいだろ……戦争ごっこを楽しもうぜ!!!」…………うそだろ、おまえ?誰なんだ?戦争の悲しさを誰よりも知るあのバトーはいったいどこに消えたんだ?
まだある。新生公安9課に戻ってきたバトーが銀行強盗事件に巻き込まれる第7話「PIE IN THE SKY/はじめての銀行強盗」では、この銀行強盗が世界同時デフォルトにより財産を失った老人たちであるという背景はあったにせよ、あろうことかこの銀行強盗に味方して、支店長にハッキングの罪をなすりつけるということまで犯してしまっている。少なくともこういった冤罪による逮捕なんて手口は昔の9課ならやらなかった。ぼくの中でバトーが死んだ瞬間である。バトーは、あの全身義体の義理と人情にあふれる大男は、どこに行ってしまったんだ?

今作でぼくの怒りを加速させた新キャラが江崎プリンだ。公安9課のバックアップ要員として補充された彼女、見て頂ければわかるが、とにかくうざい。体をくねくねさせてバトーに媚を売る女。上等な攻殻機動隊の価値観にハチミツをブチまけるがごとき思想。なによりウザいのが、これまでのSACシリーズでおなじみだった「イシカワ!!」「もうやってる」という少佐とイシカワのやり取りをすべてこの女が奪ってしまったことなのだ。完全にイシカワはあまりしゃべらないおじさんキャラになってしまった。第10話「NET PEOPLE/炎上に至る理由」では捜査令状を求める人間に対して「こういうときバトーさんなら……これが令状だ!!」と顔面をぶん殴るという暴挙。バトーはそんなことしません。誰だよこんな意味わからんクソ女を9課にいれようって判断したスタッフ。

トグサが離婚していたその理由にもため息をついてしまった。少佐に置いて行かれたことを引きずって離婚したと攻殻2045では描かれているが、言うまでもなくSACシリーズを通してトグサは家族思いの愛妻家として描かれていた。SSSでは娘を守るために自殺しようとするシーンまで描かれたトグサが、治安が劇的に悪化した近未来で少佐に未練あったって理由で離婚しますか?もうめちゃくちゃですよ。あと10話では襲い来る敵を前にふざけて「アチョー!!!!」とか叫んでるし。誰だおまえ。

タチコマもひどくなった。12話「NOSTALGIA/すべてがNになる」では、敵について行ってしまうトグサを「バイバイ、トグサくーん!」と見送る始末。確かにタチコマは愛くるしいマスコットキャラではあったが、けっして無能ではなく優秀なバックアップだったのだ。なんなんだこの無能なメカは。

これがもしSACの看板を掲げていなかったらこういう形での批判はしなかった。例えば、攻殻機動隊ARISEでは、未熟な草薙素子やお茶らけたサイトーが描かれた。でもそれは「ARISE」という新しい看板を掲げた新たなる攻殻機動隊だったからよかったのだ。SACの看板を掲げておきながら、これまで時間をかけて描いてきたキャラ像を完全に崩壊させてしまったことが許せない。

じゃあ仮にSACの看板をおろして新しい攻殻機動隊としてならどうなのか?という話なんですが、ぶっちゃけそれでも面白くないです。まず敵があまりにチープすぎる。ポストヒューマンという新人類を描いてはいますが、その描き方がいうなればドラゴンボール的な戦闘力のインフレ描写しかしていなくって、とにかくチープ。銃弾を生身ですべて躱してみたりとかパンチ一発で頭蓋骨ぶっとばすとか、そういうのじゃないじゃん。人形使い、ファイヤスターター、笑い男、ゴーダ、傀儡廻し、そのどれにも劣る。

少しだけ擁護しておくと、タイムライン上で拝見した意見なのだが、「高度技術発展とそれが民衆に行き渡ることにより、その辺のアホとかガキとかが社会・国家に甚大な影響を及ぼしかねない時代が到来。誤ってその能力を使いだしてしまったこどもが、旧能力と社会時の最新鋭に位置する大人と接触する」って筋書きだけだと、確かに面白そうなテーマなのは間違いない。ただ現状の攻殻2045は、既存のキャラ像をぶち壊し、敵はチープで、味方も無能という最悪の展開にしかなっていない。せめて13話以降はSACの看板を掲げるに足る素晴らしい作品になっていることを願うばかりだ。

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