眠れず、起きれなかった日々のこと



明かりの少ない、田舎の地元の道を歩きながら、この文章を書いています。

日付が変わった、0時過ぎ。通り過ぎる家々から、シャワーが浴室を叩く音や、ガスコンロをつける、爆ぜるような音が聞こえてきます。

ここは田舎なので、まだ真夜中と呼ぶには早いこの時間でも、道を照らすものが少ない。足元はほとんど見えず、時々通り過ぎる車のライトを頼りに、心許なく進んでいます。そうしていると、私が今よりもう少し都会の街に暮らしていたとき、日がのぼる手前の街をさまよっていた頃のことが思い出されるのです。

思い出すと言っても、まだ1年も経っていません。日が昇るまで寝付けない。日が沈む頃に目が覚める。そういった昼夜逆転のサイクルから、ついに抜け出せず途方に暮れていたことがありました。

 
昼夜逆転の世界
夜がふけるほどに、頭が冴えて緊張してゆく感覚が、ほんとうに嫌いでした。そのくせ、日が昇りたくさんの人が外を歩いているのが窓から見える頃には、泥のような眠気に逆らえない。当時私は、社会生活をつつがなく送る人々を、この目で見ることさえ叶いませんでした。ときどき無理して徹夜して(この場合は徹昼と言えばいいのかな)、見慣れた街の見慣れぬ人の多さに感動したこともあります。

せめてロマンチックに例えることが許されるならば、夜に閉じ込められているようでした。

自分の寝起きが、自分のコントロール下にないというのは、なにか見えざる力によって抑圧されているような気がしたのです。そして、これはどんな場合にも言えることですが、自分の生活を自分の裁量で決められないために、いつもじりじりとむかつくような心地でした。休めど休めど、こうして健康が損なわれてゆく事もあるのだと、その時改めて知ったのです。

ならば、起きている夜のあいだ、何をしていたのか。
だいたいは、眠くなるのを待って布団にもぐっているか、最低限の家事を済ますかしていました。つまり何もしていなかったのです。ただ「生きている」というそれだけのことを、社会的な生活のままならなくなった体でこなしていたのです。時々それがたまらなく怖くなって、もぬけの殻になった深夜の街に飛び出しました。


ひとり、街を歩く
夜明けを待つ街というのは、独特の感覚を揺り起こします。足音が異様に乾いて響きわたり、呼吸の音も衣擦れも、いつもより大きく聞こえます。時々あらわれる人影ひとつに怯えることもありましたし、自販機のジーーーっと低く唸る声に安心することもありました。

夜明けを見ることができた日はラッキーでした。
霜のようなひんやり重い空気が、まだあたりを満たしているうちから、空がゆっくりと白んでゆきます。遠くからカラスのなく声がやってきて、低い位置に見える雲が、やがて真っ赤に燃えてゆく。
その美しさを、この街に住むほとんどの人が目の当たりにしていないという事実には、不思議と私をゾクゾクさせる力がありました。夕焼けより赤いあの色を感じているあいだは、閉じ込められている自分の身の上を忘れ、うっとりと安らいでいることができたのです。

この昼夜逆転の日々は、医療の力を借りることでひとまずの終わりを迎えました。今でもときどき、あの静かで恐ろしい日々のことを思い出します。


分かり合えない幸せ
私には昼夜逆転に加え、過眠傾向があったので、不眠症の人に「たくさん寝れて羨ましい」と言われたこともあったし、普通の生活サイクルを送れている人に「のんびりした貴族だね」「生きているスピードが違う」なんて皮肉られたこともありました。お互いのつらさ、大変さを分かることができないというのは、当たり前だけど悲しいことです。せめて自分だけは、そういう時に想像力に欠けたふるまいをしないようにしたいですが、そのための想像力さえ無いときに、こういった視点のズレが生じるのだと思います。つまり、想像力が無いことを想像する力が無い。どうしようもないのです。身をもって経験するより他にありませんが、とうぜん、知らないほうが幸せです。

だから、そういう時、私は心の内で(あなたは知らなくていいよ。)と願います。どうか知らないままのあなたでいてください。拗ねてヤケになっている訳でも、突き放している訳でもありません。ただ越えられない大きな隔たりが、あなたと私との間にあるということを噛みしめるだけです。幸せに気付かないということが、いちばん幸せなのだから。私もまた、あなたの苦しみを分かれない事で、目に見えない幸せを享受しています。


自分の当たり前は、なにひとつ他人の当たり前ではない。エラーだらけの日々も、せめてこういった事を自分に学ばせてくれる、いい経験だったと思いたいです。


何だか暗い文章になっちゃったな。夏の晴れた日の朝焼けは、ほんとうにびっくりするくらい綺麗です。眠れなかった日はぜひ、外に出てみてくださいね。

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LOVEです
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otomo

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