見出し画像

あの、夏の日9

私は、おじさんの家に行きました。
ところが、玄関の鍵も閉まり、人のいる気配がありません。
時間を、空けて又、別の日におじさんの家に行きました。
やはり、人の住んでいる空気がないのです。

私の留守の時に、伝言がありました。
「家内が、亡くなりました。
お葬式も済ませたので、お心遣いは無用です。
色々お世話になり、ありがとうございました。」
と、父に伝えたそうです。
私は、心配になり家にきてみたのですが、会えずじまいでした。

西さんは、私よりかなり年配の方だったので、
私にいらない心配をさせたりせず、
一人でどこかに行ってしまいました。
奥さんが、亡くなり、
その失意の姿を見せたくなかったのかもしれません。
それとも、奥さんのお知り合いが、
もう、介護の必要は無くなったおじさんに、
昔の仕事に誘ってくれたのかもしれません。

私の手元には、西さんの肖像画と、
多くのデッサンと、木彫りの小箱と、
展覧会のカタログ、

そして、西さんとの不思議な出会いが残りました。

電車の中で会話して、笑った事。
行ったこともない祇園のバーの話。
「カクテルは、足にくるからね。
飲みやすいからといって、沢山飲むと、
席を立つ時に、立てなくなるよ。気をつけてね。」

奥さんの着物の色の話。
「なんで、女はあんなの欲しがるんだい。
うんこ色の着物買うかね。
金色というのか、黄土色というのか?
わしには、わからんわ。珍しい色らしいけどね。」
と笑わしてくれました。
そして、
ホテルの、シーツを洗う洗濯のバイトにいっている時、
「パートの、お金は安いね。びっくりした。
貰ったら、こんだけかと思った。」
とおどけて話しました。

届いた案内状
西さんと、会わなくなって、しばらくすると、
私に、招待状がきました。

個展の案内状でした。

おじさんを描いた展覧会で、
同じ様に賞に選ばれた方からの、
個展を知らせる手紙でした。

私は、知らない人に会うのは、
あまり好きではありませんでしたが、
勇気を出して、会いに行くことにしました。

その場所は、学生の時、絵画教室が有った、
馴染みの場所からも近く、
すぐに手の届く場所でした。

それでも私は、行こうか行くまいか?
その、画廊がある商店街についてもまだ、迷っていたのです。
商店街を、フラフラ歩きながら、
ウインドウを眺め、
店の中を覗き込んだりしていました。
そして、戻って、
お茶を小売している、お店で
茶菓子を買いました。

その日は、個展の最終日だったので、
早く着かないと、もう、帰ってしまう時間です。

そんな風に歩いていても、
案内状にある画廊の場所に、
自然についてしまうので、
仕方なく二階にある画廊へと上がって行きました。

画廊では、大きな絵が私を迎えてくれました。
桜の木が描かれていたり、自然の風景が描かれています。
奥へと向かい、ソファで談笑している方に、声をかけました。

「こんにちは。案内状ありがとうございます。
絵を見に伺いました。」
「やあ、よくきたね。
あの、男の人を描いている人だね。
表彰式であったね。どうぞ、座ってよ。」

「はい。これ、干菓子です。
お茶菓子にどうかなと思って持ってきたんですけど、
もう、終わりの時間ですか?」
私は、ドキドキしながら手渡しました。

「やあ、まだ来る人がいるのでね。
夜までいようと思っていたところさ。
ありがとう、お茶入れるからね。飲んでゆっくりしていってよ。」
「おい、お茶。」
奥さんらしき人が出てきて、
「まあ、どうもすみません。どうぞゆっくり、見ていってくださいね。」
と、声をかけられました。

そして、もう一人ソファにかけている男性を紹介してくれました。
「ああ、まー君、トマト描いてる人ね。」
もう一人、私と同じ小さな賞を貰って、
同じカタログの、同じ様なページに載っていた人でした。

それが、主人との出会いでした。

私は、名前だけは知っている本人が、
目の前に出てきて、少しおかしくてしょうがなかったのですが、
私は、真面目くさった顔をしていました。

トマトの絵は、枝が沢山伸びていて、実がたわわに付いているのです。
トマトの枝が、あちこち伸びていて、
描き込む量が多くて、混乱しているのか、
それとも、超自然なのか、
少し不思議な雰囲気を持っていたから、
その絵を、描いている本人が目の前に現れて、
ちょとおかしくて、笑いを一生懸命堪えました。

みんなで、何を話したかは、もう覚えていないのですが、
私達は、それがキッカケになり、自然に付き合いました。

おじさんの絵を描かなければ、出会ったかな?
展覧会に出さなければ、出会ったかな?
それは、今でもわかりません。

一緒に暮らしてみて、とても面白かったことは、
私達は、二人とも多くの美術書を、持っているのですが、
それは、美術館で行われた、
その時のカタログだったり、
画家の本だったり。
二人の本を合わせてみると、
それらは全くかぶることなく、
持っていて、
しかも、私の持っていない読みたい本を、
相手が持っていました。

そうして、二人が持っている本で重なった本は、

あのおじさんを描いた展覧会のカタログだけでした。
今でも、自宅の本棚に、2冊並んで、住んでいます。

第9わ終わり
最後までお読みいただきありがとうございました。

最後まで、読んで下さってありがとうございます! 心の琴線に触れるような歌詞が描けたらなぁと考える日々。 あなたの心に届いたのなら、本当に嬉しい。 なんの束縛もないので、自由に書いています。 サポートは友達の健康回復の為に使わせていただいてます(お茶会など)