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あの、夏の日10

私は、古橋さんに電話をかけてみました。
もう、何年振りでしょうか。
お互いに、携帯電話は知らないので、
自宅の電話でした。
電話をかけると、懐かしい声が聞こえました。
「もしもし、古橋ですけど、。」

関西に住んで、もう、長いはずなのに、
独特の素朴さのある、イントネーションが、聞こえてきました。

「もしもし、古橋さん、、。」と言い終わらないうちに。
「え、あーちゃん?どうしたの?久しぶりじゃん。」

「ほんとだね。久しぶり、元気にしてる。」
「うん。元気にしてる。すごいタイミングでかけてくるね。
俺さ、家、買ったからもうすぐ引越しでさ。
この電話にかけてきても通じないところさ。」

「えー、良かったね。どこに引っ越すの。」
「うん、もっと田舎の方、土地が高いからね。
そして、僕らはさ、仕事場がいるからね。」

と、嬉しそうに話してくれました。
彼は、仕事場とアパートの両方の家賃を払っていたから、
ああ、やっと念願の仕事場と住まいの両方を、
一緒にすることができたんだと思いました。

お互いの子供の話をしたり、
昔懐かしい人の話をしたりして、
話は尽きないのでした。

「岡さんいるだろ、親が長い間反対してたけどね。
子供が少し大きくなった頃は、だいぶ和んできてね。
そして、お母さんが亡くなって、実家に帰ってね。
一緒に、住んでるよ。
お父さん一人じゃね大変だからね。」
「ああ。そうなんだ。前の家に住んでるの?」

あの懐かしい庭の、アトリエを思い浮かべました。

街の小さな広告に、

ヌードデッサンやってます。

曜日、毎週土曜日
時間、18時半から
場所、XXXXX
会費、一回の会費800円から1200円ぐらい
入会金1000円 
連絡先 電話 岡XXXXX

そういう案内が載った文が、始まりでした。


「そうだ。あの男の子は、
古橋さんが、いつも電車で一緒にきていた。」
「ああ、あの子か。学校の先生になってるよ。
あの子は、学校の先生にしかなれないよ。」

学校の先生をバカにして話しているわけでは、ありません。

彼なりの、あの子はもう少し、
生活が安定した職業で制作しないとできない、
という意味で話しているのです。

彼は、物作りに対してプライドを持っているから、
そう話しているだけで、彼のそういう誇りをチラリと、
感じ取ることができて、相変わらずの古橋さんだなぁと思いました。

それでも、あの時体格が良くて、童顔の、
けれども、
彼の凍りついていた顔を思い出して、
よくそこまで、変わることができ、
古橋さんが、付き添って、
電車に乗って一緒に連れてきていた様子を思い返しました。

多分、一人では電車にも乗れず、
アトリエに来ることはできなかったと思います。
古橋さんが、親鳥の様に、いつも付き添っていました。
古橋さんの真似をして、
いつも、
安心した顔をして制作をしていました。

その間には、彼と古橋さんとの長い歩みがあるはずで、
それは、私は知ることができなくて、
少し残念だったなぁと思いました。

私がいる時には、彼の氷の様な表情は少し和らいで、
声にならない声で、
「おはよう。」と言ったかな?
とまで覚えています。
声は、出していなくて、
”多分言っている”まだ、そんな形でした。

私たちの話は、尽きることはありませんでした。

「今、何してるのさ。」
「主婦。」

「へー、絵はいつ描くのさ。」
「多分、そのうち。」

「早く、かけよ。」
「うん。」

私は、いつもあのアトリエのことを思えば、
あの場所に行くことができます。

赤々と、燃える薪ストーブの火。
モデルを見つめる、みんなの真剣な表情。
お昼に入れる、薄いインスタントコーヒー。
誰かの、お誕生日の時の「おめでとう。」のみんなの声。



あの時、
私達は、しっかりと、
そして、頼りなく、
そして、ひっそりと生きていました。

あの、青い絵の具の空の下で。






終わり

あとがき
最後までお読み頂きありがとうございました。

自分自身を、大切に。
そして、身近かな方を大切になさって下さい。

もし、私が、
小さな、広告を出したら、
遊びに来て下さいね。

ヌードデッサンやってます!(笑)




最後まで、読んで下さってありがとうございます! 心の琴線に触れるような歌詞が描けたらなぁと考える日々。 あなたの心に届いたのなら、本当に嬉しい。 なんの束縛もないので、自由に書いています。 サポートは友達の健康回復の為に使わせていただいてます(お茶会など)