見出し画像

あの夏のトマト 【ラタトゥイユ】

東北の山あいで過ごしたまだ小さかった頃、トマトは夏のおやつだった。
虫取りに駆け回って汗だくで帰ると、まずはそのまま裏の畑にまっすぐ走ってトマトを一つもいでから家に入り、冷蔵庫から出した麦茶をガブ飲みしながら丸ごとのぬるいトマトにたっぷりの白砂糖をつけてよく食べた。
それが好きだったという話ではなくて、仕事に行っている大人たちが帰ってくるまではどうやったって今そこにあるものしかなかったから、夏の間は毎日のようにそのトマトがおやつの代わり。とうもろこしが甘く黄色く熟すのが待ち遠しかった。

そうして一生分のトマトをもう食べてしまったような気にもなるけど、もちろん今でもそれなりに食べる。
砂糖をつけるのは大人も皆やっていたから、きっとその方がおいしい味のトマトだったのだと思う。今の私は自然な甘さが感じられるミニか中玉を好んで買ってはぬか床に埋めておき、皿に1個2個のせると漬ける前と少しも変わらない赤が盛り上がり、ちょっと皮が硬くなるのが気になるけれどまあそういうものと思って食べている。

画像1

以前経験した地中海料理がメインのキッチンでは何種類ものトマトを使い分けていて、生食用なら大きさ・色、料理によって切り方を変え、魚介のマリネにトマトピューレ、加熱するソースならホールの缶詰、煮込みのコク出しにはトマトペースト、ドライトマトを戻して使ったり生のトマトに詰め物をして焼く料理もあった。
もともと生食用と加工用のトマトは品種からして違う別ものでどちらがどちらの代用品ということではなく、一年を通じていろんなトマトが皿のあちこちにいたり姿は見せずに潜んでいても、すべてが同じトマトの味になったりはしなかった。

主に西洋のトマトは野菜としてはもちろん、日本で言うところの醤油や味噌のような味のベースとしての役割がまた大きい。
そう置き換えてみればその使い分けにも好みがあっていいと思うので、私の場合毎年一夏に2~3回は作る南仏の郷土料理ラタトゥイユには味付けとしていつもトマト缶を使っている。

◾️ラタトゥイユの作り方◾️

【使った材料】
●ズッキーニ…1本
●ナス…2〜3本
●黄パプリカ…1個
●玉ねぎ…1/2〜1個
●揚げ油(サラダ油)…適量
●にんにく…1かけ
●オリーブオイル…10g〜
●トマト缶…1缶 ※ピューレー漬けを使用
●塩

手順は
大きく分けて、⑴鮮やかに野菜の色を生かす「素揚げ」と、⑵トマトソースでの「短い煮込み」、の2段階。素揚げは、おいしい水を保ったまま短時間で加熱できて油のコクも加わる野菜にぴったりの調理法です。

①野菜を切ります
まずは、野菜をどう切るべきか、それが問題だ。言ってしまえば決まりはないので、食べやすければそれで大丈夫です。

●私のいつもの切り方
形が似ているナスとズッキーニは、同じように1.5cm幅くらいの半月切りに。ナスは火を入れると小さくなるので、ズッキーニよりも気持ち大きめに切っておくと火を入れた後大きさが揃って、料理上手に見えます

画像2

昔、ルセット(レシピ)通りに「すべて1.5cm厚」に切ったら、仕上がりで大きさがバラけてシェフに怒られた。
じゃあそう書いといてよ、とは言えないのが平平の辛いところ。
家ならいっそのこと何も気にならないように輪切りと半月、乱切りと角切りとか違う形に切ってしまうのも手で、大きさや形が違っても次の素揚げで火の通りを調節すればちゃんと最後においしさの辻褄は合ってくるので大丈夫です。

パプリカはタネとヘタを取って、ズッキーニたちと同じくらいのサイズを目指してカット。そもそも形が全然違うし、あくまで「同じくらい」をイメージすることが大事。料理によっては皮を焼いてむく場合もあるけど、この後素揚げにすると皮も柔らかくなるからそのままいきます。

画像3

玉ねぎはくし切りにして、長さを半分に。私はいつも玉ねぎだけ他の野菜よりやや小さめになるように切っています。
夏野菜じゃないのにここで出番の玉ねぎは2つの役割、まず具であり、もう1つは加熱すると出てくる甘さが味のまとめ役としても働いてくれる。
なのである程度の食感は残しながら火は早く通って甘さが出てくるように、と念じながら気持ち小さめに。

画像4

②野菜を素揚げします
きれいな揚げ油を熱して、野菜を順に素揚げにしていきます。
油の量は少なめで十分で、野菜ごとに順番には少々面倒にも感じるけど、切った時の大きさや形の違いはここの揚げ加減で調整すればいい。

余熱もあるのでいずれもさっと。玉ねぎだけは一番最後に少し時間をかけて、透明感が出て甘い香してくるまでしっかりじっくり揚げて、全部の野菜に下味として軽く塩を振っておきます。

画像5

こうして野菜の素揚げだけに使った油なら、炒め物なんかで使っても野菜の甘みが移っていておいしく使える

③トマトソースを作ります
冷たい鍋に、みじん切りにしたニンニクと少量のオリーブオイルを入れてから、ごく弱火にかける。
野菜を油で揚げている代わりに、ここで使うオイルはニンニクの香りを引き出せる程度の少なめで。

画像6

ニンニクがほのかに色づいて香りが立ってきたらトマト缶を一気に入れて混ぜ合わせ、中火にしてトマトを潰しながらじぶじぶと煮詰めていく。要するにトマトソースを作ります。

この料理で使うトマト缶は細長い形のイタリア産トマトのものが気に入っていて、何が気に入っているかと言えば、まず開けた瞬間に驚くほどのその赤さ
トマトが何色か聞かれたら赤と答える人が多いと思うけど、日本で主流のトマトの多くはピンク(桃紅色)系でここまでの赤にお目にかかることはなかなか少ない。そしてこのトマトは加熱で真価を発揮する品種とあって、旨味もコクも種からくる酸味も煮込むほどにまとまってきて長く煮込んでもどこまでも赤く、鍋の中をのぞいているのが楽しい。

画像7

煮詰まってだんだんとソースらしさが出てきたら、塩をほんのちょっと整える程度に加えます。
トマトの旨味と酸味に、野菜に振った下味の塩と、素揚げの油のコクも加わるし、ここで入れる塩はなんかちょっと少ない感じがするくらいで一旦様子見。
このあと野菜の水も戻ってくる、なのでソースは混ぜたヘラの跡がすぐに消えずにちょっと残るくらいまでしっかり煮詰めておきたい。

画像8

トマト缶でちょっと日本離れした濃い目を使う代わりに、私はハーブ類は使わず塩だけでシンプルに仕上げることが多い。
野菜だけの1本1個1缶も積み重なれば結構な量が出来上がるから、食べ切るのにも数回はかかる。
本当はどうとかはあまり気にしないで自分好みにしておけば「何にでも合います」とは言わないまでも、自分の味と諦めもついて食べきれるというもの。

④で、完成です
素揚げしておいた野菜を全部戻し入れて大きく混ぜ合わせ、味見をして足りなければ塩で整え全体にトマトが行き渡ったら完成。
ソースで和えて馴染ませるくらい、やや強めの火加減で短時間で仕上げれば、鮮やかに残る野菜の色に「ああ、作ってよかった」と今日も思う。

画像9

まずは出来立ての熱々がおいしい。ちょっとパンくらいあれば、ワインがスイスイ進む。

画像10

残ったら冷たくしてもまたおいしく、そしてさらに残ったらパスタにしたり、パンにチーズとのせて焼いたりしてもシャレた感じでまたおいしい。
しかしどう食べてもおいしくて、この野菜だけの煮込みは一体どうなっているのか。

画像11

あの頃のトマトを今食べるとしたら、生じゃなくて煮たり揚げたりした方がおいしいかもと色々思いつく。そうなればもちろん冷えたビールか白ワイン。

でも、あの夏のおいしさはやっぱり麦茶と砂糖でできていたんだと思う。

それでは今日はこのへんで。
最後までお読みいただきありがとうございました。

[ラタトゥイユ]の動画をYouTubeに投稿しています。合わせて見てもらえたら嬉しいです。


お読み頂きありがとうございます。 これからもおいしいお料理とおいしいお酒をたくさんお届けします。