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お祭りの匂い


夕暮れが早くなった。
夏時間がしみついているから
時計の針と空の色の“時差”に驚く。

閉店時間が近いパン屋さんに寄った帰り道、
信号近くのガードレールに寄りかかって
ジュースを飲んでいる女の子が2人。
話は尽きないだろうけど
そろそろお帰りよ。
ジュースの人工的な甘い香りは
夏の終わりと1日の終わりとの
どこか通じるウラ寂しさを呼び起こす。

すぐそばの信号待ちで
自転車に乗った親子と一緒になった。
「ねぇ、なんかいい匂いがする」
小学校低学年くらいの男の子がお母さんに言う。
「お祭りの匂いがするね」

お祭りの匂い。

ジュースの匂いが呼び起こす
彼にとっての甘やかな夏の記憶。
子どものころからの、そして大人になっても
きっと忘れない、夏の思い出の匂い。
舌まで色づいてしまうかき氷のシロップか
薄青色のビンのラムネか
いずれにしても
お祭りの匂い、という言葉が
懐かしくやさしく響く。

なんて健やかで清々しい感性。
日が落ち、青みを帯びた町のなかをゆく
親子の背中を見送る。

お祭りの匂いといったら
焼きイカや焼きそばを浮かべてしまう
そんな自分の感性が打ち砕かれた。

そうだ、
花火の煙の匂いも
私にとってはお祭りの匂い。
祭りの終わりに
その匂いに包まれながら
熱気と賑わいの中を駅に向かうときの
静かな気持ち。

今年は花火を見ずに
夏がおわる。

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