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超内向的な音楽家の生い立ち

恥ずかしくて避けていたのですが、自己紹介を急に書く気になったので取り組んでみます。でもやっぱり恥ずかしいので、いらすとやさんの力を借ります。


幼少期から内気でとにかく独り言が多かった。
想像力がわりとあったため、一人で遊んでいても誰かを脳内に登場させているので
「誰としゃべってるの?」
と母に本気で心配されるも今もその癖は健在。

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恋愛にはこの頃から興味津々で、家にあったシンデレラのビデオは何度も何度も観た。(ディズニーではない。)
ガラスの靴を片っぽ置いてくれば王子様が迎えに来てくれるから、お兄ちゃんと一緒に靴を片っぽだけ脱ぎ捨てる練習を行う。

自分の靴では上手くいかないので、母のハイヒールを勝手に借りて練習するも大きすぎて走れないどころか歩けない。

仕方がないので
「ハイヒールが履けるようになったらやろう!」
と決意する。

現在、ハイヒールが履けるようになった私は舞踏会にも行かなければ、王子様にも出会っていないので、この頃の私に謝りたい。

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4歳でピアノを始めるも、そこそこ上手というレベル止まり。
でもなんでか、音楽をずっとやることは小学生の頃には決めていて
卒業アルバムには「音大に行って勉強する」と書かれていたりする。

中学校で吹奏楽部に入るのだが、ここで衝撃的なことが起こる。
仮入部でトランペットを吹いてみたのだが
”シ♭ドレミ♭ファソラシ♭”を”ドレミファソラシド”と先輩たちが言っていて困惑。(B♭管なので合っています。)

後で友達に
「ねえねえ、先輩たちが言ってたドって何の音に聴こえた?シ♭だよね?」
と聞くと

「え?ド!」

この時ようやく、みんながみんなシ♭がシ♭に、ドがドに聞こえてるわけではないことを理解する。


それはさておき、楽器がフルートに決まり、そこそこ一生懸命練習するようになる。さらに顧問の先生にそそのかされたので、個人レッスンを受けに行くように。

そして次はフルートの先生にそそのかされ、ソロのコンクールを受けてみることに。

飽くまで勉強のため、世界を知るため……。

地区予選、通過

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地区本選、入賞

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全国大会、何もなし

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やはり凡人でした。

とは言え、ちゃんと音楽を勉強してきた子達の中で演奏するのはそれなりにしんどさもあり、良い経験になったのは間違いない。
この頃には音大に行くことはもう絶対だった。

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高校1年生になり、受けたコンクールがボロボロの予選落ちでわりと凹むが若さで乗り切る。

2年生になると音大を目指すフルートの仲間が増え、かなり楽しくなる。
そして2年生後半からまたコンクールをがんがん受けるようになる。

なんという奇跡、受けたコンクール全て本選まで残りいくつか入賞を果たす。

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その勢いで東京藝大を受け2次試験で落ちる。

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私立音大に合格し入ったが、ここからが全ての始まりだった。

コンクールを受けても受けても1次で落とされる。
高校生の部から大人の部門に移ったら歯が立たなくなった。

元々自信は全くなかったが、自己否定と承認欲求がどんどん強まりモチベーションがほぼなくなる。

それに加えて明らかに無理な奏法で演奏していたので、音楽が正真正銘の憂鬱なことになった。

とりあえず、”できるだけ悪いところがない演奏”を目指すようになる。


それでも幸か不幸か、学校の試験の成績はよかったので、オーケストラの定期演奏会とかはかなり良いポジションに乗せてもらえていた。

そしてなんと、軌道に乗らないまま卒業。

ここからが本番、負の歯車を自ら回し続ける。

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卒業試験(いわゆる卒論が音大では演奏)で好成績だと、いくつかの外部の演奏会に推薦という形で出させてもらえる。

もちろん、”有償”で。

主催は某楽器店だったり大学関係だったり様々。

有償という表現だと怒られそうだが、実際そうだ。
チケットノルマという負債を抱える。
なので、断ることもできる。

私は頭が良かったのだろう、3つ推薦頂き全て出ることにした。

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1つの演奏会で20~50枚分のノルマが課される。

1枚1500~2000円

おわかりいただけただろうか?
一番安い計算でも20枚×3回×1500円=9万円

演奏会は5~7月頃に行われるので、卒業してすぐ準備しなければならない。
私は確か総数80枚くらいあって10万円分を越えていて、全然捌ける量ではなかった。

なぜこんなに頭が悪かったかと言うと、一応説明ができる。

大学時代、外で何も結果を出せなかったので、実績を残したかったし、やっと少し認められたという嬉しさもあった。
それをこんな形ですがってしまったので、救いようがない。

(でも実際、断る人は少ない。みんな自腹でいくらか払うことを前提で引き受ける。)

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卒業したてで仕事は何もなく、あるのはチケットノルマの負債だけ。色んな人に来てもらえないか連絡しながらアルバイトを必死にする日々。

50枚分くらいなんとか捌いたが、その頃にはチケットノルマが死ぬほど嫌いになっていた。

そして3つの演奏会のうち最後の1つは史上最もダメな演奏だった。実は4年経った今でも録音を聴けていない。

なんであの演奏会だけ、あんなに嫌なイメージで迎えてしまったのかはわからない。多分、プレイヤーとしてのエネルギーが枯渇してしまっていた。

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ここから人前で演奏することが”恐怖”になり始める。元々緊張はかなりするほうだけれど、明らかに悪い緊張になってしまった。

そして、また追い打ちを掛けられる。

あの演奏会から1年ほど経った頃、ブライダル演奏の仕事でだ。演奏中に楽器が壊れて明らかに変な音を出してしまった。

幸いお客さんの迎賓時だったため、あまり目立たずお咎めなしだったのだが、私は気が気じゃなかった。多分今なら、自分の責任と認めた上で切り替えられるが、この時は無理だった。

人前に出るのも、演奏するのも、もうやってはならない気がした。

段々、眠れなくなった。

そして、自律神経が狂った影響で、電車に乗っていられなくなった。

常に心臓がバクバクしていて、なんなら喫茶店のアルバイトしている時が一番楽。何も考えずに済むから。

病院は大の苦手だったので、鍼灸治療に通い始めた。これはわりと効いたのか、少しずつ眠れるようになっていく。

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この頃から少しずつ文章が書きたいと思い始める。

それは、演奏とは別のアウトプットの手段が欲しくなったから。


と同時に、自分の内面の問題にきちんと向き合うようになった。

承認欲求、自己否定、完璧主義など乗り越えなければならない問題がたくさんあることに気付いたからだ。

実は色んなご縁もあって演奏能力はこの辺りから数年かけて飛躍的に上がることになる。

しかし、反比例するかのようにメンタルはなかなか改善されなかった。

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そして2018年の夏、最もキツイ夏を過ごすことになる。

朝目が覚めても、布団から出られなくなってしまった。
寝るのが好きだからこそわかるのだが、本当に全く眠くないのに起き上がれない。

病院にこそ行かなかったが、行っていたら何らかの病気と診断されていたと思う。

多分、今まで自分のメンタルの改善を怠った結果が一気にきてしまった。あの時乗り越えられたのは、友達と自分の知識欲のおかげだと思っている。
それに、このことがきっかけで演奏の恐怖や、承認欲求、完璧主義などに関する克服にも繋がった。
これについては別のトピックで詳しく話したい。

不幸自慢がしたいわけでは全くないし、できれば話したくない。

でも、今元気にしていて、メンタルはかなり安定するようになった。

心の平穏という点に関しては間違いなく人生で今が一番だ。

だからこそこういう軌跡をたどってきた人間だということは知っておいて欲しい。


そして、だいぶ年齢がいってしまったが、コンクールはまだ諦めていない。

諸々整ったらまた受けようと思っている。

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後半なんだかじめじめしてしまってすみません。

こんな感じの超内向型人間ですが

どうぞよしくお願いします。

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音無ゆき(おとなしゆき)

業務委託でのんびりと音楽の仕事を、時々文章も書いています。91年生まれ。超内向型人間。意味のない事が好きです。
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