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放送の少女

小学校生活も残り2年。
5年生になった私が選んだ委員会は、放送委員。

委員会は4年生から必須なのです。任期は1年間。
4年生では、体育委員でスケートリンク作り。6年生では、図書委員を経験しました。

では、放送委員の仕事とは何か?
放送委員は、定例として、毎週月曜日に、全校児童の全体朝礼で集合をかけるアナウンスと音楽をかけること。遅刻する訳にはまいりません。

音楽が終わるまでの間に、児童は円形校舎の3階講堂に集まります。『世界の国からこんにちは』がテーマ音楽です。放送委員は、レコードプレーヤーからレコードをしまい、講堂へ向かいます。ただし、もうひとりは放送室に残り、講堂へ向かったひとりの合図を待ち、次のレコードの準備をします。

校長先生のお話が終わり、各先生からのスケジュールや連絡事項の説明が終わる頃を見計らって、終わった!と合図を送ります。放送室は、1階の職員室の隣。合図を送る係は、2階まで降りて放送室の前で待つレコード係へ連携します。二人一組の一週間の仕事。週初めの大切な作業に緊張が走ります。

これ以外の定例の仕事は、朝の登校で教室に入るアナウンス。昼休みの音楽。夕方の下校で音楽とアナウンス。

「おはようございます。これから朝の放送を始めます。音楽が鳴り終わるまでに静かに席に着いてください」

「これから帰りの放送を始めます。学校に用のない人は、気をつけて帰りましょう。みなさん、さようなら」

「これから昼の放送を始めます。今日の給食は○○、○○、○○です。それでは音楽です。今日の音楽は、○○です。これで昼の放送を終わります」

冬休みの終わった昼の放送で、『春の海』をかけるのは、小学生としては、どうなんでしょう。

私と一緒の係は、4年生の女子。物静かでおだやかな可愛い子です。それでも、しっかりした性格は唇の形に表れています。ホントにとっても可愛いんですが、鼻の下にいつも鼻水の白いあとが目立ちます。でも、この子との係の週は、私にはなくてはならない大切な週です。守ってあげたいって、こういう子なんでしょうか。
とにかく肌が白くて繭の糸を吐きはじめる蚕のような透明感あふれる肌です。世の中にある肌色のクレヨンは白色ではないのかと思うぐらいかしら。いや、クレヨンに、その子の名前を新たにつけるべきです。服も白っぽい色が中心で、よけいに肌の白さを目立たせます。

ものうげなうつむきかげんのくりくりした目とまつげは、私に何かをうったえるかのようです。まぶたを閉じたり開いたりする行為さえスローモーションのように見える魔法の仕草に、心奪われます。天使なのか?悪魔なのか?

学校では、残念なことに、この少女とは放送委員以外では、まったく会わなかったのです。

昼の放送の楽しみは、二人きりで会えるだけでなく、もうひとつあります。それは放送委員の特権として、放送室で給食を食べられることです。給食は教室でみんなで食べるという普通が、普通じゃなくなるのです。たった二人で向かい合って給食を食べるんです。

「嫌いなものある?」
「えっ?ないよ!」
「じゃあさ……一番何が好き?」
「う~んとね……カレーかな?」
「あっ!おんなじ!」
「だって美味しいよね!」
「うん!」

たわいのない会話。
放送機器の操作や原稿読み以上に、この子に興味がわいたのは言うまでもありません。

通学の道は同じでも、一緒に帰ったことはないのですが、彼女の家を知っていたので、時々、庭で彼女が兄弟たちと遊んでいるのを見かけた時は、特にノドが渇いていなくても「水を飲ませて」と頼んだことがしばしば。私が水を飲んでいる間、彼女は何も言わずじっと私を見ています。長女なのかな?

放送室は二人だけで会う空間。古いレコードの匂いとワックスがけされた床のタイルの匂いが、化学的に合成され二人を包んでいます。

次の少女へ続く……

2012年1月 飼い猫を撮りたくてミラーレス一眼カメラを購入 | 現在は ライヴ写真を主軸に撮影 | 過去の私小説とそのイメージにあった女性を今後撮影予定