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おばさんになった少女

高校の受験に失敗した私。
たまたま、違う高校の合格結果で定員を割ったらしく、2名枠の二次募集で40人近くが応募。結局、8人が合格。幸運にもその中のひとりとなった私。

普通科の1年生として志望高校を落ちた私は、居心地の悪い人生初めての挫折感を日々味わいながらも少しずつ高校生活に慣れていきます。

編入されたクラスは、視力の低い生徒は最前列の席を希望することができます。
その中に、授業中しょっちゅう鼻をかむ女子。この女子、気になります。おいおい、授業中といえども鼻なんかかむなよ。
そんな思いとは反対に、ほっそりとした体躯から髪をすっとかきあげた時に覗く白くまぶしい首筋と肩から手へ続くバランスのよい腕は、彼女の後方に位置する私の席から時折見えます。

ある日のお昼休みにお弁当を食べている最中、偶然、女子たちの会話に聞き耳を立てていると……。

「お兄さんのところに赤ちゃんができたの!私、おばさんになっちゃった!もう!やだ!」

と、笑い転げています。女子高校生ともなると箸が転んでもおかしい年ごろ。いや、どう考えても彼女の場合、箸が転がる前からおかしいようです。

予餞会の時期、同じクラスの女子が劇の台本を書きました。月へ帰るかぐや姫をアレンジしたシナリオ。その配役を決めることになりました。立候補者はなく、推薦で次々と決まっていきます。

果たして主役のヒロインは、若くしておばさんになってしまった彼女。
そのヒロインをめぐって二人の男が奪い合う設定の配役に、なぜだか、私が推薦されました。いや、誰?推薦したの?そして、ホントに私なんかでいいの?高校生活をともに一年とはいえ、私のこととかよく知らないでしょ。
もはやこれまで。ことを円滑に進めるには断る訳にはいきません。わかった。やるよ。やりますよ。いや、やらせてくださいな。
諦めることも生きていく上で必要な行為です。
置き去りにされた気持ち……出口のある迷路なら左手法で出られるし……。

さて、かぐや姫の衣裳となる十二単のイメージを演出するため、いくつもの着物を重ね着しています。
劇中のヒロインを奪い合うシーンは、当日、そのライバルとアドリブでシナリオと違うことをやっています。面白いほうがいいだろうと二人で考えてのこと。
のちのヒロインを奪い合うライバル役の彼は、20歳の時に白血病で亡くなることになります……。

今でも数学の教科書を見返すと、当時、彼女が制服の下に着ていたシャツの柄や色を刻明に書いてあります。何やっちゃってんの?私!

そして、2年生、3年生と私と同じクラスになった授業中に鼻をかむ若くしておばさんになってしまったかぐや姫の彼女。
これぐらい同じ教室で、同じ空気を吸っているのですから、その存在がますます気になります。

高校の行事は、運動会と文化祭が一年ごとに交互に繰り返されます。
3年生では運動会になりました。私のクラスは青組です。
運動会のオブジェ制作過程の中、運動会前日、石膏状のヌルヌルした液体がバケツに入っています。それを、彼女が冷たくて気持ちいいというので、ホント?と、私もしゃがんでバケツに手を入れます。あっ……ホント!と、手をぐにゅぐにゅしていると、いつのまにか彼女が私の手を握ってくるのです。ん……?遊んでいるのかしら……?私も握り返します。さらに彼女は優しく握ってくるのです。まずい!思わず手を引き立ち上がります。
私の目を下から見上げる彼女。すぐに目をそらす私。何事もなかったかのように、おたがいにそれぞれの持ち場へ戻ります。

それから年が明けて卒業間近のこと。
強い西日が射す放課後の教室。友達と歓談していたところへ同じクラスの女子が廊下から教室へ入ってきます。

「〇〇先生呼んでたよ!職員室に来いって!」
「えっ?怒ってた?」
「うん!怒ってた!」
「何やったかな……」

と、ダッシュで4階の廊下と階段を駆け降り、2階の職員室へ向かいます。……と、3階と2階の踊り場で、件の彼女がいて私に声をかけてきます。

「どうしたの?」
「〇〇先生に呼ばれた!」
「それ嘘!」
「はっ……!?」
「私が頼んだの……」
「えっ?何?」
「もうすぐ卒業だから……これ……」
「えっ……あっ……ありがとう……」

あまりの出来事で会話もそこそこに、振り返ることすら余裕もなくダッシュで駆け降りた階段をゆっくりと昇って行きます。手渡された小さな紙包みを制服の内側に隠して教室へ戻ります。友達に心臓バクバクしてるのもしかして聞こえるかな?

そして、おたがいに言おうとしたことを言えないまま卒業します。
彼女と再び会うのは社会人になってからのクラス会。ミニバーグをかけたの……どう?ってお酒で頬がほんのり赤くなったのか、私に話しかけてきたことで、はにかんだのか、それとも、両方だったのか……。

次の少女へ続く……

2012年1月 飼い猫を撮りたくてミラーレス一眼カメラを購入 | 現在は ライヴ写真を主軸に撮影 | 過去の私小説とそのイメージにあった女性を今後撮影予定