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自転車の少女

熟したホオヅキの実の色のような太陽が、ゆっくりと山脈へ沈んでいきます。春分の日が近くとはいえ、日が落ちるのはまだ早足のようです。一級河川の川べりから見る暮れる夕陽。

5月の連休が終わってPart 1

高校3年生。5月の連休に買った音楽カセットテープを貸したら、どんどん又貸しされて、気づいた時には、今、いったい誰のところにあるのかすら、まったくもってわからない。
そこへ、2年生の時に一緒のクラスだった女子が

「ねぇ!次は私ね!」

と、声をかけてきました。

彼女との出会いを回想

高校2年生の教室は、なぜか体育館側に近い木造校舎です。以前は商業科のタイプライター室だった教室です。彼女は、毎朝、下宿していて徒歩で通学する私を追い越していきます。
さらさらの細くてやや栗色がかった長い髪を、風に揺らし、同じ時刻に自転車で追い越していきます。

たまに私が下宿先を遅く出発した時は

「おーい!遅刻しちゃうぞ!走れ走れ!あははっ!おっ先ぃ!」

バスケットボール部の彼女。とても明るく活発で、泣いたことも悩んだことさえ、なさそうな感じです。そうです。男子にだって、自分が正しいと思ったら、彼女なりの正論をぶちまけてきます。

作家の森村桂が好きらしく、たくさん著書を持っていると誰かから聞きました。文学少女なのかな。いえいえ、とてもそんなふうには思えません。

そんなある日、クラブ活動で遅くなり、小雨の降る暗がりの放課後。すると自転車置場から彼女が自転車を押してきます。

「あっ!今、帰るの?」
「うん、今、クラブ終わって……けっこう降って来たけど大丈夫?」

「あのさ……いつもクールだよね……」
「へっ?」

「うん!じゃあね!」
「おっ……おぉ……さようなら」

クールって何だ?冷たいってこと?何が冷たいんだ?なんか冷たいことした?下宿先までの帰り道、なんだか気になって頭からその言葉が離れません。出席番号38番。謎を残したまま去って行った彼女。そうだ、明日、辞書ひこう。

5月の連休が終わって Part 2 (返ってきたカセットテープ)

カセットテープが彼女に渡ってしばらくしての放課後、校舎1階昇降口近くの理科室から、私を呼ぶ声がします。

「おーい!こっちこっち!」
「何?」

「あのさ!また、テープ忘れちゃった!」
「うん、今度でいいよ」

「えーっダメよ!今度、忘れたら、絶対、何かでおわびするから!何がいい?」
「うーん……じゃあ身体で払ってもらいましょうか?」

「えっ?馬鹿っ!」

と、頬を赤らめる彼女。掃除の床ブラシの柄を握ったまま、ゆっくり下に目をやります。
あれ?こういうのはダメなんだ。変なの。あっ……心を盗まれたと思ってないよね。

次に会った時、彼女は肩をすぼめて、私に近づいて来ます。

「よっ!どうした?」
「ごめんなさい……なくした……」

「なくした?何を?」
「歌詞の紙……」

「歌詞かぁ……う~ん……いいよ!歌詞覚えてるし、なくても!」
「そんな訳にいかないでしょ!」

「……って……いや怒んなよ……逆でしょ怒るのは……」
「うん……ごめんなさいだよね……でも、いっくら探してもないの……」

「だから、いいって……」
「弁償する!」

えーっ身体でもしかして?

「テープ聴いて書く!」

あっ!それ?だよね……。

「だからごめん、時間ちょうだい……」
「わかった。いいよ。でもそんな無理しなくていいからさ」

「無理しなかったら弁償にならないから……」

なんだよ、このギャップ。私が会った最初のツンデレって彼女なのかな。
その後、折しも中間考査試験と重なった週の終わり。

「お待たせ~。できたわよ!ホントたいへんだったんだから!感謝しなさいよ!」
「えっ?だって勉強あるから無理でしょ」

「何言ってんのよ!はい!どうぞ!ありがとうは?」
「ありがとう……」

レポート用紙の穴にケーキを結ぶピンク色のリボンでまとめてあります。パラパラとめくると歌詞が書いてあります。もう歌詞が合ってるか合ってないかなんて関係ないです。そのパワーには誰も突っ込むことなんてできません。

高校3年生では、彼女とクラスは別々です。2年生の年度末までに理系進学コースと文系就職コースのどちらかを選択するのです。つーか、理系で進学?文系で就職?他の分け方はないの。
理系進学コースの彼女と文系就職コースの私。
その後、彼女は志望大学を浪人して数年後に医療の専門学校へ進み臨床検査技師に、私はコンピュータの専門学校へ進みソフトウェア技術者に、それぞれ進みます。

悲しみの誕生パーティー

なんだか気になる存在になった彼女。
ただ、彼女は、私の友達と昔からずっとつき合っていることが、ちょっと気がかりです。
高校3年生の夏休み、自宅の電話が鳴ります。あれ?誰もいないの?2階でバンドのヴォーカル練習をしていた私は1階の玄関まで急いで降りていきます。

「あのさ……今度、誕生日なんだけど、うちに来ない?」
「えっ?8日?いいけど……」

「ちょっと!なんで私の誕生日知ってんのよ!」
「前言ってたじゃない。自分で」
「えぇ?そうだっけ?」

嘘です。ホントは調べました。ごめんなさい。

「そんで誰来んの?」
「○○ちゃんと○○君と○○君」

「そうなんだ……つーか、行っていいの?邪魔じゃない?」
「うん……実は○○君とは終わっちゃって……」
「ふーん……そうなんだ……」

なんだか申し訳ないので、訳は聞けない。いや申し訳ないって何?

「○○君と誕生日やるの、前から決まってて……なんか、そういうのやだなって……でも……やんないとあれかなって……」
「いいんじゃない……いや、いいと思うよ!」

「うん……でしょ。だから必ず来てね!」
「なんだよ!らしくないな!」

「らしくって何よ!もう!あはっ!じゃあ……」
「うん……じゃあ……」

受話器を置いて、やっぱり、どうしよう……。いつもと違う彼女の元気のない声に、気の利いた言葉も見つからない自分にもどかしい思いが続くだけでした。

結局、彼女の誕生パーティーには行くのですが、変によそよそしい会話の嵐に、ただ、気疲れして帰って来ただけでした。行かなきゃよかったかも……。

タコ焼きの勢い

卒業式の前日、ある事件があって、私は意を決し、高校近くの定食屋でタコ焼きを食べて、近くの公衆電話ボックスから、彼女の家に電話します。

プルルルルッ……プルルルルッ……
やばっ……ドキドキしてきた……うっ……ダメだ……

「はい……はい。○○さんね。ちょっと待ってください。○○さん、電話よ~」

おっ……お姉さんですか?妹に“さん” 付けですか?どういうこと?どういう家庭?思い出した。何かで彼女の家に遊びに行ったんだ。確か、その時、彼女の部屋にトントントンってノックして紅茶を持ってきてくれたのお姉さんだった。声だけしか聞いてなくて顔は見たことない。

さて、電話口での会話、あまり記憶がはっきりしないのですが、その後、なんとか彼女の家の前までバイクで行き、そして彼女は自転車で一緒に近くの川まで向かいました。

最初は、明日は卒業式だね。高校時代、あっという間だったね。とたわいのない話をしていたのですが……

「……で、何?」

夕陽に照らされた彼女の横顔が、突然、私のほうに向けられます。

「あぁ……えっと……」

まずい……言わないと……夕陽があの山脈に沈む前に……

「好きです……」

…………長い沈黙

「私は悪い女よ……」

はあっ?意味わかりません……。急にクールにならないでよ。

「つーかなんで私?」

いや、そこ突っ込むところじゃないんですが……

「前からいいなと思ってて……ちゃんと言ってから卒業したいなって……」
「ふーん……。で?」

負けた……負けたよ……真っ白な灰になったよ……

と、そんなこんなで卒業式も無事終わり、私は専門学校の入寮までの暇を持て余して、友達の家で遊んでいたのですが、ふと、「○○に電話していい?」と友達に電話を借ります。

「ちょっとー、暇だからってなんで私に電話するのよ!何考えてんの?」
「何も考えてない……」

「ああ、そう!ねぇ、ところで将来どうするの?」
「えっ?将来?将来?うーん……とりあえず働いて食べて、お金なくなったら、食べるの我慢して……とか……一日一日なんとか楽しく暮らせればいいかな?」

「あのねーそんな人には、お嫁さんなんか一生来ないわよ!」
「えっ?そうなの?」
「あったり前でしょう!」

社会の波はパン屋に押し寄せて

そして、社会人になってからは何度か彼女と一緒に遊びに行ったことがあります。
その中でも、印象に残ったのは、鎌倉へ行こうということになって、渋谷駅の東急東横線の改札で待ち合わせたのですが、予定時刻を過ぎても待てど暮らせど、それらしき彼女の姿が見えません。緑色の黒板にチョークで書かれた伝言板にも、何もそれらしいことは書いてありません。

1時間ぐらい待ったでしょうか?私、場所間違えた?うーん、もしものために伝言板に書いておきます。もしや、事故でも?いや、とりあえず彼女のアパートに電話してみよう。

プルルルルッ……プルルルルッ……カチャッ!

「もしもし?」と彼女。
「えっ?なんでいる?」と私。

「ごめーん!サンドイッチ作ろうと思って、早起きして、お店行ったら、まだやってなくて、さっき買って来て、今、作ってるところなの!」
「朝一番早いのはパン屋のおじさんじゃないの?パン屋より早くって……まあ、いいや……で、何時頃、着く?」

「うーん……」
「わかった……その感じだとお昼のサンドイッチが電車の中だな、現地で待ち合わせよう!」

「ごめーん!」
「……って、ホントかよ!しょうがないなぁ……」

「ホント!ホント!ねぇねぇ、今度、女の子、紹介するから!」
「いいからダッシュ!」
「はーい!」

あいかわらず、ぶんぶん、私を振り回してくれます。

それから2010年の夏、高校時代の友達が東京に来るということで、JR新宿駅西口改札で待ち合わせると、白くて丸い大きな柱の陰から、その彼女もちょこんと顔を出すではありませんか。
お互いに多少(?)経年変化による劣化が見られますが、間違いなく彼女です。
居酒屋で、昔話に花を咲かせます。
途中、彼女と二人だけになる時間がちょっとあって、卒業式の前日の話をしたのですが、覚えてないって……
でも、あの顔は覚えてますね……

次の少女へ続く……

2012年1月 飼い猫を撮りたくてミラーレス一眼カメラを購入 | 現在は ライヴ写真を主軸に撮影 | 過去の私小説とそのイメージにあった女性を今後撮影予定