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「机生物」のこと

ある人はロバのようだと言った。またある人はカササギのようだと言った。私が出会ったのは、机そっくりの四足歩行の家具だった。

実際、その何かを捕らえて調べた者はいない。我々は火星にいろんな意味で調査する使命をもっている。それなのにどうしてなのだか、あちこちで出没するあり得ない生命体について、誰も突き止めようという意思が芽生えなかった。

他の人が形容するその姿は、わずかな記憶から引き出した言葉やそれほど上手くないスケッチしか情報がなく、どうしても戯画的な雑な印象しか残らない。決して写真など、あとで確認する記録映像として残されないという特徴もあった。しかし、私は実際にそれを目の前にした。「机生物」は紛れもない生命体として、その挙動や息づかいも含めて私にインパクトを与えた。

出会ったのは半年前のことだった。舗装のされていないバイパスを車で走っている時、突如それは現れた。

「机生物」は木製の雰囲気をもつ、脚の細めのテーブルそっくりだった。よく目を凝らすと、微かに木目状の縞も見てとれた。脚の途中に関節は一切なく、長い脚を器用に動かした。テーブルの上には、ご丁寧にもインク瓶と便箋らしきもの、さらにマグカップらしきものも置かれていた。

私はとっさに「擬態」という言葉を思い出した。地球の森にはナナフシのような木の枝に似た昆虫が生息する。この「机生物」の姿は、まさにナナフシそっくりだった。これは我々に対する擬態ではないか?出会った者の心にある対象を読み取って、見つかりにくい工夫をしている未知の生命体。

では、本当の姿はどうなっているのだろう?

やがて私は近くに椅子らしきものが転がっているのに気がついた。これはいいところにある、とそこまで考えて手を伸ばすと、私の思考がミルク状にどろりと溶けた。

気がついた時は、病院のベッドの上で寝かされていた。医師には「生命体との接触があった」と言われ、しばらく隔離された。似たような体験の大半は目撃する程度のレベルで、意識が飛ぶこともなく問題なしとされるのだが。

ある人はPCマウスのようだと言った。またある人は鉛筆のようだと言った。

ある人は札束のようだと言った。またある人は段ボールゴミのようだと言った。

ある人は天使のようだと言った。またある人は蛸星人のようだと言った。

いまだに私は時々夢を見る。それは「机生物」についての記憶の蘇ったものらしく、いつもとてもリアルだった。そしていつも何かを得るのだが、目覚めるとすっかり忘れてしまう。残るのは「机生物」の悠々と歩く姿だった。

一度だけ、夢の記憶をわずかだけ覚えて、急いでボイスレコーダーに録音した音声がある。寝起きの私はこう言っている。「私たちはテーブルで考えてものを書くのではない。テーブルに書かされる葦なのだ」

何を思い出してそう喋ったのか、すぐに夢の記憶を失っているため分からない。

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