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感情グラフと善悪論に見る美しい世界を作る方法【ポジティブ・シンキングとネガティブ・シンキング】

昨日のトークノートで私の持っている哲学的テーマの話しから続いていたのですが、それは簡単に言うとポジティブ・シンキングな話しなのだなと私の中では結論づけています。

「バランス」はポジティブとネガティブの間、中庸を目指すことで、その部分を「絶対善」であると考えています。ゼロポイントがそこにあります。

幸福感は安心の中にあるという部分も、感情グラフの緑色の部分に現れています。

外部圧力は強まれば、反発します。不快は湿度と同じでしょう。

何もしなければ、冷めていくように、人はネガティブにモノゴトを考え始めます。

だから人の心の温かみであるポジティブを心構えとして身につけることが大切です。

悩んだり、哀しんだり、嫌な気持ちになることが、ワガママを助長するかもしれません。それが悪であるとはいいません。感情にはそのような気分も大事なことです。悪を知らなければ、善を知ることはできません。

この世界を美しいものと感じることが出来るのは、この世界を美しくないものがあると知っているからではないでしょうか?

だから、あなたにとって大切な美しいものが大切になります。

ただ、それを押し付けてはいけません。

あなたの美しいものは、他人にとっての美しいものではありません。

一般論、常識、世間体、そのような集団心理に任せた脅迫を行ってはいけません。

潔癖症や完璧主義、とても良いことであったとしても

善にはアレルギーがあるのです。

無菌状態で生きようとすればするほど、私たちは未知の細菌、花粉症など、本来病気ではないものによって、病気になってしまう可能性が高まるのです。

贅沢病、糖尿病、正しく得ることが出来ていれば、引き起こすことのない病が流行り始めます。

善はそれに似ています。

綺麗であろうとするがために、患わなくても良かった病によって苦しめられる危険があるのです。

人工知能が発展した先にある、空想世界の恐怖は、この善の行き過ぎた狂気が発端となります。

良いことだからといって、他人に対し強制したり脅迫したりしてはいけません。それは、行き過ぎた狂気です。

その逆の嫌いになりましょうなどという行為も行き過ぎた狂気です。ネガティブキャンペーンやヘイトスピーチが如何に不幸なのか、それが招く結果がなぜ不幸しか無いのか、よく考えてみましょう。

人は誰に言われなくても、嫌いなものは嫌いです。

この世界を美しいものに変えるのは、あなたの心内次第です。

嫌いなものを好きになる必要はありません。

ただ、あなたが好きだと思うものの数を増やして、あなたの好きな世界に生きることが大切なのです。

誰もあなたの好きなものは知りえません。

あなたはあなたの好きなものを提示して、それを得やすい社会にしてみてください。

あなたの好きなものはなんですか?

それが手元にある時、あなたは好きなものに「生かされている」と感じることが出来るでしょう。

あなたの感情のバランスは保たれていますか?

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