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ASDの私が雑談本を作るまで(第2回)これ、書籍化できるの!?

 ふくらむ夢と不安

 今回の本の元となった〈会話のきっかけレシピ〉は、「なにげない雑談」が超・苦手な私が、ごく個人的に10年以上かけて作ってきたものです。大月書店のKさんから、書籍化しませんかと打診されたときは、とにかくびっくりしました。
 〈会話のきっかけレシピ〉に、仕事として取り組めることは嬉しかったですし、何より私は「本」というものをこよなく愛しています。子ども時代毎日読んだ星新一さんと私の本が、同じ店に置かれる……? 想像するだけですごいし、おそれ多い!
 でも、これまでに作ってきた私の「レシピ」は展示用のイラストが主で、これをどう本にするのか? また、わざわざ雑談を集めまくるなどとという面倒なことをしてきたのは、やはりそれだけ悩みが深かったからで、その事情をどこまでさらけ出しちゃっていいのか? そして、こんなにニーズの少なそうなものが売れるのか?
 ともかく、Kさんと会ってお話ししました。Kさんは、私の雑談における悩みを「自分とは違うけど、似ている」と感じたといいます。「読んでいて楽しい本にできれば」と話してくれ、「この人となら」と本づくりを決めました。
 ここからは、個人で作っていたものを、「本」という商品にする作業の始まりです。「今までにない雑談本を作りたい」と夢もふくらみました。まずはもくじと企画書を、Kさんに教わりながらなんとか作りました。本づくりでは、文章を書きはじめるより先にもくじを作ることを、このとき初めて知りました。
 そして無事に、大月書店の企画会議を通過しました。よっしゃ! と勇んで書き始めたのです。
 もくじで設定した5つの章をそれぞれざっと書き、第一稿としてKさんに渡しました。「全体には、とても興味深く、ユニークな本になるだろう手応えを感じています」と感想をもらったところまでは順調でした。
 しかし、本づくりが初めての私が、最初の骨組み――企画趣旨やもくじ、構成――をしっかりと煮詰めないまま書き始めたために、原稿はこのあと何度もぐらつきます。本づくりは、一軒の家を建てるのに似ているかもしれません。土台と設計図がしっかりしていないと、崩れかねないのです。

「障害」このやっかいな言葉をどうする?

 最初のぐらつきは、「どこまで自分のことをさらけ出すか」の中でも、「発達障害について公表するかどうか」でした。
 次回以降で詳しく書きますが、私は20代後半で「発達障害」と診断されました。この頃に〈会話のきっかけレシピ〉を作り始め、発達障害の人向けにしようかとも考えました。が、協力してくれた人の中には「障害に限らず、雑談に困っている人はいる」という意見もあって、とくに対象を絞ってはいなかったのです。
 また、ふだんの生活で発達障害であることは、ほとんど周囲の人に話していませんでした。まして、大っぴらに名乗るのはリスクが伴うでしょう。ですので、Kさんには最初に自分の発達障害のことを話し、公表はしたくないことを伝えていました。
 でも、いざ第一稿を書いてみると、自分が人間関係で苦労してきたエピソードは「かなりレアケース」に思えます。発達障害であると書き入れないと「普通」の人には理解不能なのではないか、と迷いが出てきました。Kさんの感想も、「拝読すると、一言もふれないのは、無理がありそうだと感じています」でした。
 ここで、心は大いにぐらつきます。
 すでに「雑談の本」はたくさん出ていました。それらの本は、「元アナウンサーが教える」とか「人見知りだったけど営業No1になりました」とか、はっきりとした成功エピソードで説得力を出していました。そういうもののない私の本を他と差別化するには、障害のことを書くしかないのでは? という焦りと、今後の生活を考えると、そんな「プライバシーの切り売り」をして大丈夫なのか? という不安の間で大揺れになりました。
 Kさんに心の揺れを縷々訴えると、「いったん原点に戻りましょう」とメールが届きました。「この本は『雑談が苦手な読者に届ける』わけですから、著者が何者で、どうしてこんなものを作ったかの説明はある程度必要です。でも、すべてをさらけ出さなくても書けるのでは?」と。そこで改めて考え直すと、自分は「障害」というやっかいな言葉を発信することに引っかかっていて、そのワードを出さずに自分の困っていることを書くことには抵抗がないのだ、と気づきました。
 Kさんと話し合い、「発達障害」という言葉はなるべく使わずに、自分の困ってきたことを書く方針になりました。これで、ひとつめの山はクリアです(と思いましたが、あとでまたぶつかることになります)。

コンセプトと構成の練り直し

 つぎに、第一稿を詳細に書き直していく作業に移りました。ここで、2つ目のぐらつきがきます。
 第一稿を読み返しながら、「あ、ここはこれも入れなきゃ」とか、「この説明がないと分からないな」などと思うたびに文章をつけたしていき、そうすると前後とのつじつまが合わなくなりそこを直し……とやっていくうちに、どんどん話が広がりすぎて、原稿は迷走しました。そして、ついに
「けっきょく何を書けばいいのだっけ?」
という、悲惨な状態に陥ります。
 書くべきなのは、枚岡の「自伝」なのか? それとも、「レシピ」のトリセツなのか? 「コミュニケーションとは」という大きすぎるテーマか? などと、ブレまくりました。

 原稿作成開始から半年たったころに、このまま書き直しをつづけても無理だと観念し、コンセプトや構成を最初から考えなおすことにしました。
 そもそも、メインテーマはなんだったのか? をKさんと再確認しました。
もちろん、それは〈会話のきっかけレシピ〉本体です。そこから話がズレすぎてはいけないし、足りない部分は補わなければいけない、と遅まきながらようやく理解できました。

 そこで、自分自身の対人関係および〈会話の~〉に関するできごとをいったんすべて書き出し、本に入れるネタの取捨選択を行いました。ホントは書きたくなかったエピソードも、必要なものは入れましたし、入れたかったことでも不要ならば削除しました。
 これは自分自身に取材をするようなもので、けっこうシンドイ経験でした。この頃は、夜、子ども時代の悪夢に何度もうなされました。
 そして、ネタがそろったところで、当初は5章立てだったのを6章立てにし、各章のつながりを考えながら入れる順番を決めました。ようやく話の筋が見えてきます。

枚岡治子(ひらおか はるこ) 1975年大阪府生まれ。大阪市立大学大学院前期博士課程修了後、IT企業につとめ、現在はパソコンインストラクターおよびライターとして活動。「普通」と福祉・医療のスキマにできる悩みに関心がある。

第3回は、こちらです

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