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官邸「質問妨害」ここが問題だ(南彰)

南 彰(新聞労連委員長)――『放送レポート』No.278より転載

異例の官邸前集会

 新聞労連、民放労連、出版労連などのメディア関連労組でつくる「日本マスコミ文化情報労組会議(通称MIC)」は3月14日夜、首相官邸前で「FIGHT FOR TRUTH 私たちの知る権利を守る3・14首相官邸前行動」を行った。
 現役の記者や市民ら約600人が集まったが、メディア関連労組が主催する官邸前行動は極めて異例だ。その抗議の対象は、官邸が菅義偉官房長官の記者会見で行っている特定記者に対する質問制限・記者排除の問題である。

 官邸は昨年12月28日、沖縄県名護市辺野古への米軍新基地建設をめぐる東京新聞の望月衣塑子記者の質問(同月26日)について、「国内外の幅広い層に誤った事実認識を拡散させることになりかねず、その結果、官房長官記者会見の意義が損なわれることを懸念いたします」と主張。
「東京新聞の当該記者による度重なる問題行為については、官邸・内閣報道室として深刻なものと捉えており、記者会に対してこのような問題意識の共有をお願い申し上げる」と書かれた申し入れ文書を内閣記者会宛てに出した。
 記者会側は事前の折衝で「記者の排除につながるようなものは受け取れない」と伝えた。官邸報道室は記者会の掲示板に文書を貼り出す一方、記者会は「官邸報道室が勝手に貼り出したもので、記者会としては受け取っていない」と主張する奇妙な状態が続いたが、月刊誌の報道を受けて、新聞労連が2月5日に「首相官邸の質問制限に抗議する」と題した声明を発出。それをきっかけに国会などでも官邸の対応が問題になり、MICや「メディアで働く女性ネットワーク」、国境なき記者団など国内外の団体が相次いで、抗議を表明する状況になっている。

質問まで政府見解押しつけ

 官邸の申し入れ文書の問題は、記者の質問内容にまで政府の主張を押しつけようと制約をかけてきていることだ。
 官邸が申し入れ文を送るきっかけになった昨年12月26日午前の官房長官会見のやりとりは、次のような内容だった。

望月記者「沖縄・辺野古についてお聞きします。民間業者の仕様書には沖縄産の黒石岩ずりとあるのに、埋め立ての現場では今赤土が広がっております」
司会(官邸報道室長)「質問、簡潔にお願いします」
望月記者「琉球セメントは県の調査を拒否してまして、防衛省、沖縄防衛局は実態把握できていないとしております。埋め立てが適法に進んでいるか確認ができておりません」
司会「結論お願いします」
望月記者「これ、政府として、どう対処するおつもりなんでしょうか」
菅官房長官「法的に基づいて、しっかり行っています」
司会「この後日程ありますので、次の質問、最後でお願いします」
望月記者「関連で、適法かどうかの確認をしてないということを聞いてるんですね。粘土分を含む赤土の可能性が…」
司会「質問、簡潔にお願いします」
望月記者「…これ、指摘されているにもかかわらず、発注者のこの国が事実確認をしないのは、これ、行政の不作為に当たるのではないでしょうか」
菅官房長官「そんなことありません」
望月記者「それであれば、じゃあ、政府としてですね、防衛局にしっかり確認をさせ、仮に赤土の割合が高いのなら…」
司会「質問、簡潔にお願いします」
望月記者「改めさせる必要があるんじゃないですか」
菅官房長官「今答えたとおりです」

 この望月記者の質問に対し、官邸は申し入れ文のなかで、次のような主張をしてきた。

・現場では埋立区域外の水域への汚濁防止措置を講じた上で工事を行っており、あたかも現場で赤土による汚濁が広がっているかのような表現は適切ではない
・沖縄防衛局は、埋め立て工事前に埋立材が仕様書通りの材料であることを確認しており、また、沖縄県に対し、要請に基づき確認文書を提出しており、明らかに事実に反する
・琉球セメントは県による立入調査を受けており、明らかに事実に反する

 しかし、現場の状況を見れば「赤土が広がっている」ことは明白な事実である。また、赤土が広がるという問題が起きた後に沖縄県が求めている土砂に関する立ち入り調査に沖縄防衛局などが応じていないことも事実だ。それにもかかわらず、赤土が広がる問題の発覚前に行われた調査とすり替えて、記者の質問を攻撃しているのである。
 こうした官邸の主張は「赤土は広がっていない」「(工事は)法律に基づいてしっかり行っている」という政府見解を記者の質問にまで押しつけるものであり、意に沿わない記者に「事実誤認」のレッテルを貼り、貶めようとする卑劣な行為である。
 政府は昨年12月6日の参議院外交防衛委員会で、土砂に含まれる赤土など細粒分の含有率は「おおむね10%程度と確認している」と説明していた。しかし「赤土」問題を追及した望月記者に「事実誤認」のレッテルを貼る申し入れを行った後、実際には「40%以下」に変更されていたことが判明した。強弁を続ける政府の説明のほころびが際立つ皮肉な展開になっている。

約600人が集まった官邸前集会(3月14日)

契機は官房長官の虚偽答弁

 そもそも官房長官の記者会見はどのように運営されてきたのか。
 会見は記者会の主催で、原則として平日は午前11時(閣議のある日は閣議終了後)と午後4時の一日2回行われている。「政府のスポークスマン」と呼ばれる官房長官の会見では「国内外の森羅万象がテーマ」(武村正義・元官房長官)となり、時間無制限の質疑が保障されてきた。
 会見場の最前列に15人ほど並んでいる全国紙・ブロック紙、通信社、民放の在京キー局、NHKの官房長官担当の記者(番記者)が中心を担うが、ニューヨークタイムズなどの海外メディアを含め、内閣記者会に加盟している報道機関の記者であれば、社会部や科学部など政治部以外の記者でも参加できる。2011年2月から、金曜日の午後の会見が一部のフリーランスの記者にも開放された。
 新聞労連の委員長になるまで政治記者だった私(筆者)も、菅氏の前任の官房長官の担当記者(番記者) を1年4ヵ月務めるなど、これまで500回以上の官房長官会見に参加してきたが、現在より自由な質疑が行われてきた。たとえば、私が初めて会見に参加したのは、2008年の福田内閣だったが、政治部一年生の私が飛び入り参加で質問しても、当時の町村信孝官房長官はていねいに答えていた。

 こうした官房長官会見が大きく変質したきっかけは、2017年5月17日のことだ。
 安倍晋三首相の友人が理事長を務める加計学園の獣医学部新設について、「総理のご意向」などと書かれた文部科学省の文書が報じられると、菅官房長官は「怪文書のようなものだ」と記者会見で虚偽の答弁をし、文書の存在を否定した。
 菅官房長官らは、約一ヵ月も嘘の政府見解を押し通そうとしたが、その状況に疑問を感じて、17 年6月6日から虚偽答弁を追及するため菅官房長官の記者会見に乗り込んできたのが、社会部で森友・加計学園問題などを取材していた望月記者だった。同月8日、望月記者は23問の質問を菅氏にぶつけ、世論の高まる不信感を悟った官邸は「総理のご意向」などと書かれた文書を認める方向に方針転換した。


 望月記者はその後も森友・加計学園問題のほか、安倍首相の元番記者だったジャーナリストによる性的暴行疑惑の逮捕状が執行されなかった問題などを菅官房長官の会見で追及を続け、一回あたりの会見時間は30分近くに及ぶようになった。
 内閣支持率の低下などに焦っていた官邸は、お盆休み中に会見のルール変更に手をつけた。
 これまで時間制限はなく、記者会の幹事が会見場を見渡し、「よろしいですか?」と挙手して質問を求めている記者がいないことを確認したうえで、司会の官邸報道室長が「ありがとうございました」とアナウンスして初めて会見が終了する仕組みになっていた。ところが、官邸は「公務がある」という理由を持ち出せば、官邸報道室長の判断で質問数を制限できるルールを導入したのだ。
 菅官房長官はもともと望月記者の質問の順番を番記者などの後に回していたが、望月記者が質問を始めると、官邸報道室長が「公務があるので、あと一問でお願いします」とアナウンスする。事実上の時間制限を設けたのである。さらには、官邸報道室長は、望月記者の質問の最中には数秒おきに「簡潔にして下さい」などと妨害を行う嫌がらせを行い、質問内容に「事実誤認」のレッテルを貼っていった。
 官邸は記者会に貼りだした申し入れ文に「本件申入れは、記者の質問の権利に何らかの条件や制限を設けること等を意図したものではありません」と記しているが、一連の経緯を見れば、昨年末に官邸が出した申し入れ文が、質問制限や記者排除を狙った意図は明確である。さらには、「望月記者のようになるなよ」と周囲の記者を萎縮させる効果を狙ったものと考えられる。

地方の記者の危機感

 官邸は、「ジャーナリストの鑑」として社会的な評価が高まった望月記者に対して、内閣記者会内で広がった嫉妬や反感につけ込む形で「望月封じ」とも言えるルール変更を押し込んだ。
 当時、政治記者として望月記者と一時期、菅官房長官の会見で追及にあたっていた筆者は、2017年10月4日の「文春オンライン」への寄稿で、次のような警鐘を鳴らしていた。
「時間制限のルールは、政治部の番記者の質問がひととおり終わった後に、司会が『公務があるのでご協力を』とアナウンスするのが通例で、適用されるのは望月記者ら少数だ。しかし、この新たなルールが定着すれば、『第二の望月記者』は現れない。やがては番記者の質問も打ち切られる日が来るだろう」
 しかし、残念ながら官邸と内閣記者会の間でルールを元に戻す取り組みは進まず、官邸は今年2月15日には、野党議員の質問主意書に答える政府答弁書のなかで、一連の質問制限を正当化し、質問妨害について「今後もある」と宣言する事態にまでエスカレートしている。

 そうした状況に対し、全国の記者は危機感を持っている。日本の中枢の悪しき前例が、各地の公共機関や公人の取材現場にも悪影響を及ぼしかねないという懸念があるためだ。
 官邸前行動では、7人の現役記者が勇気を持って登壇し、異例のスピーチをした。
 神奈川新聞の田崎基記者は「これは、望月さん問題ではなく、権力者が傲慢になっているという問題。リベラルか保守でもない。どこの部署かも関係ない」と指摘。また、広島から駆けつけた中国新聞の石川昌義記者は「根っこにあるのは、記者の連帯を分断しようとしていることです。この先にあるのは、社の中や外でものがいえなくなることです。中国新聞の先輩は、広島の原爆で114人が亡くなりました。この歴史を繰り返してはいけない。連帯し、分断を押し返していきましょう」と訴えた。

中国新聞・石川昌義記者

 集会は会社や労組の枠を超えた。新聞労連非加盟の中日新聞労組の柏崎智子記者(東京新聞記者)も「記者会見でこんなことを言ったら偉い人の機嫌が悪くなるだろうと思うところを聞くのは勇気がいることですが、為政者と直接対峙できる人は限られていて、それは記者の特権なのだから、きちんとやらないと役割を果たしたことにならない」と呼びかけた。

東京新聞・柏崎智子記者

メディア改革の試金石

 そもそも、政府と記者との間には、圧倒的な情報量の差が存在する。記者は会見場に足を運ぶことができない国民・市民に成り代わって、把握している情報を元に、様々な角度から質問をぶつけ、為政者の見解を問いただすことが責務だ。
 仮に質問の事実関係に誤りがあれば、政府内の情報を集約し、スタッフも充実している官房長官の側がその場で間違いを正し、理解を求めていくのが筋である。官邸の対応は、国民・市民の「知る権利」を保障する記者会見の本質を全く理解していないものだ。
 ましてや、記者の質問内容にまで政府見解をあてはめようとし、周囲の記者に「理解」を求める官邸の行為は、取材の統制につながる危険な行為だ。 
 日本では第二次世界大戦中、政府が新聞事業令を施行するなど、報道機関や記者の統制を計画し、準統制団体である日本新聞会を設置させるなど、自由な報道や取材活動を大きく制限。この結果、報道はいわゆる「大本営発表」に染まり、取り返しのつかない数の死傷者を出した。二度と同じ過ちを繰り返してはならない。
 2011年3月の東京電力福島第一原発事故の発災以来、首相に対する日常的なぶら下がり取材がなくなった。その結果、首相官邸で平日に必ず行われる公の取材機会は、官房長官記者会見だけになった。30年あまりの政治・行政改革のなかで、官邸への権力集中がはかられてきたが、その一方で「一強」化する権力からどのように情報を引き出すのかというメディア側の改革は遅れてきた。
 長時間労働への法的規制も強化されるなか、従来型の夜回り・朝回りのオフレコ取材に偏重した取材手法にも限界が出てきている。新聞労連は、今年1月の臨時大会で決定した2019春闘の方針で、記者会見など公の取材機会を充実させることを掲げた。
 菅官房長官の記者会見をめぐる問題は、望月記者一記者の問題ではなく、これからの時代のメディアや記者のあり方、その働き方全般にかかわる問題だ。メディア改革の試金石として取り組んでいく考えだ。

※本記事は『放送レポート』(メディア総研編集・大月書店発売)278号からの転載です。


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