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ASDの私が雑談本を作るまで(第4回)売り出し戦略

アピールポイントが難しい

  ことしの1月に原稿を書き終え、その後、校正の作業を進めていきましたが、本づくりにはまだまだ工程があります。編集のKさんと相談して本のタイトルを正式に決め、デザイナーさんに表紙やオビをデザインしてもらうといった作業が待っていました。読者に手にとってもらうための、いわば「顔」となる部分です。

  タイトルは、もともとの<会話のきっかけレシピ>の前に、「ツノガキ」という内容を補足するような言葉をつけましょう、というのがKさんの提案でした。私からは「会話上手は目指さない」「悩みを『見える化』する」などを提案しましたが、それでは「どういいのか」が分かりにくい、本のメリットが明確なほうがいいということで、これらはボツ。最終的に『雑談の苦手がラクになる 会話のきっかけレシピ』となりました。

 そして、本の下部に巻いて宣伝文句を書いてある「オビ」。これは、この連載文のトップ画像に、そのまま使っていますのでごらんください。これらツノガキやオビの文面を考えていて、自分の本は「キャッチーじゃない」ことを思い知りました。たとえば、「簡単」「泣ける」とか、「この一冊で完璧!」といった、ひとことで伝わる簡潔かつ魅惑的なキーワードで説明できないのです。
 著者の私は発達障害だけれど、それに絞らずに「普通」と福祉・医療のスキマで困っている人に読んでほしい、と思って原稿を書きましたし、お役に立てる自信もありました(「普通」と医療・福祉のスキマというのは、医療や福祉の対象にはならないけれど、普通に生活するには困るといった、私自身がそれで悩んできた問題のことです)。

  でも、仮に〈「スキマ」の人をターゲットとしています〉、とキーワードに打ちだしても、意味が分からないですよね。
 既にたくさん出ている雑談本と違うアピールポイントとして、「まず悩みをほぐす、上手を目指さない」があるのですが、これも差別化をはかるには分かりにくい、というかアピールとしては弱い。商品ですから、手にとってもらってナンボなのです。

「発達障害」はオビに入れないで!

 いっぽうで、私の抱える「大人の発達障害」に関しては、かなり増えたとはいえ、まだまだ情報が少ないのが現状です。本の中では少ししか触れていないのですが、発達障害という言葉をキーワードとして大きく打ちだしたほうが、注目されやすいだろうとは思っていました。
 Kさんからも、「オビに、『もしかしたら、発達障害かも?そんなあなたに…』と入れてはどうでしょう?」と提案されました。でも、本には発達障害について、定義や解説などは何も入れておらず、「もしかしたら」と思って読む人の判断材料にはならない。また、発達障害にもいろんなタイプがあって、皆が私のようなことで悩むとは限らない(私の友人でADHDの人がいますが、私が本に書いたようなことはふつうにできるのだそうです)など、理由を説明して断りました。

  ところで、ここまで説明なしで「発達障害」という言葉を使ってきましたが、『発達障害を生きる』(NHKスペシャル取材班、集英社)という本には、「発達障害とは、生まれつき脳の機能の発達がアンバランスなために、日常生活でさまざまな困難を抱える障害のことです」とあります。自閉スペクトラム症(ASD)、注意欠如・多動症(ADHD)、学習障害(LD)の3つが代表的です。
 中でも私のようなASDはどんなものかというと、厚生労働省のHPにはこうあります。

相互的な対人関係の障害、コミュニケーションの障害、興味や行動の偏り(こだわり)の3つの特徴が現れます。

……と、引用してみましたが、知らない人には「なんだそれ!?」ですね。
 そう、これはこれで、中身が分かりにくいのです。「見た目に分からないうえに、程度を示す尺度もない」というのが発達障害です。これが近眼ならば、「私は遠くが見えにくい近眼で、視力は0.02です」などと説明されれば、どんなものかだいたいの見当はつくでしょう。でも、「私は軽度の発達障害です」と言われても、何が不自由なのかイメージしづらい。
 その割に、発達障害というネーミングだけはどんどんメディアで流れてくる。だから、自分や身近な人が該当するかもと気になっている人は、必死で情報を探しています。そのいっぽうで、困難さが見えにくいために、理解する前に拒否反応や戸惑いを示す人も多くいます。
 そうした、多くの人の「拒否反応・戸惑い」を、私は実生活でイヤというほど体験してきました。そのトラウマ体験が多すぎて、もはや「発達障害について話すことにアレルギー反応を示す」域に達しています。ですので余計に、オビにその言葉を入れるなどして、「この本は発達障害の当事者が書きました!」みたいな感じで本のアピールポイントーー簡単にいえば「ウリ」にする勇気が出なかったのです。

これまでのトラウマ体験とは?
自分の障害特性(たとえば、前回書いた同時並行作業の困難さ)を一般の人に説明しても、「そんなの誰でもそうだ」「考えすぎ」「怠けたいだけ」などと言われて話が終わってしまいがち
専門知識のある人には逆に、「あなたは発達障害とは違うと思う」と言われるなど、定義をめぐる議論になりがち
発達障害=他者とのコミュニケーションの障害「だけ」と思われがち(本当は、第3回に書いたとおり、自分とのつきあい方もうまくいっていない)
その他いろいろ

  でも、少しでも店頭で目立たせるためには、やっぱり著者の発達障害を前に出すべきか……? そもそも考えてみれば、仮にタイトルやオビに入れなくても、発達障害のことをすこしだけ本文に書いてしまったのだから、もうすっかり隠すことはできない。本を読んでくれた人に、何か 言われたり聞かれたりしたら答えなければいけない。どうしよう……と心は揺れたまま、発売日が迫ります。
 次回最終回は、さいごの仕上げは「腹をくくること」だった……という話です。

枚岡治子(ひらおか はるこ) 1975年大阪府生まれ。大阪市立大学大学院前期博士課程修了後、IT企業につとめ、現在はパソコンインストラクターおよびライターとして活動。「普通」と福祉・医療のスキマにできる悩みに関心がある。

最終回は、こちらです

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