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この国の不寛容の果てにー相模原事件と私たちの時代(1)神戸金史×雨宮処凛

あす7月26日で、相模原市の「津久井やまゆり園」で障害者19人が殺害された事件から3年。「障害者は不幸しか作らない」とした被告の主張は、日本社会に衝撃を与えました。
「生産性」で人の生死を決めるかのような価値観。実は、それはこの事件だけでなく、日本社会全体を覆う「空気」ではないのか。そんな問いを出発点に、作家・雨宮処凛さんが6人の識者と対話を重ねました。第1回は、ご自身も自閉症のお子さんを持つ、RKB毎日放送の神戸金史さんです。


記者として、障害を持つ子の父親として

雨宮 神戸さんは相模原の事件を取材して、植松被告とも面会を重ねているんですよね。
神戸 はい。私自身、息子が重度の自閉症なので、事件を他人事とは思えませんでした。
雨宮 事件が起こったとき、どんなふうに感じられましたか。
神戸 私は福岡のRKB毎日放送の記者ですが、現在は東京報道制作部長として単身赴任をしています。赴任したのが2016年4月で、その年の7月に事件が起きた。第一報を聞いて、大変なことが起きたと思って、TBSに駆けつけると局の中も大騒ぎです。そのうちに、容疑者である植松が「障害者には生きている意味がない」といった趣旨の供述をしているということを聞いて、胃の腑が締め付けられるような、ゾッとする恐怖を覚えました。
しかし同時に、こういう事件が起こるべくして起きたとも言えると思いました。それは、弱者の切り捨てを「仕方ない」と容認する風潮が、すでにこの社会には一定程度広がっていると感じていたからです。事実、インターネット上には「実際に手を下した植松は許されないが、そう考えるのも理解できなくはない」といった反応が少なからずあった。それも非常に私にはこたえました。
雨宮 そうでしょうね。


神戸 一方で、メディアの人間として、事件の報じられ方にも違和感がありました。被害者たちが匿名の顔の見えない存在にされている反面で、加害者の供述だけがさかんに報じられる。通常の事件報道と違い、被害者やその家族が当事者としての憤りを表明することができないまま、加害者側の言葉だけがメディア上でリフレインされ、それに対するカウンターの言葉がない。報道の仕事が憎悪を拡散させることにしかなっていないことが、ジャーナリスムの一員として非常に苦痛でした。
だから、何日かしてからFacebookに「障害を持つ息子へ」という文章を投稿したんです。私が障害者の家族として悲しみや怒りや憤りをぶつけても、植松のような憎悪を向ける人々にはきっと届かず、むしろ喜ばせるだけでしょう。
雨宮 「何もわかっていない」と。
神戸 そうです。彼はきっと弱い立場の人を殺める行為を通じて、世の中になにかメッセージを発信しようとした。それに対して怒るということは、むしろ彼の望むところになってしまう。だから、そうではない文章を書こうと思ったんです。
その文章の中で私は、息子が生まれてからの17年間に私がどんなふうに悩み、どんな考えを持つようになったかを書きました。投稿したのは深夜でしたが、翌日には数百件もシェア(転載)され、ネットメディアのBuzzFeed JapanやTBSテレビの「NEWS23」でも取り上げられることになりました。

予想外の反響でしたが、これだけの反響があったのは、社会があの事件に対するカウンターの言葉を探していたからだと思います。投稿の中で事件のことには一言も触れていないのに、あれだけ拡散したということは、きっと社会がそれを求めていたのだろうと。意図したわけではありませんでしたが、そういう言葉を発したかったということは事実です。


雨宮 その後、植松と面会を始めたんですね。
神戸 はい。2017年11月にはじめて手紙を出しました。それに先立って、TBSの記者が植松被告と5回にわたり面会し、「報道特集」で20分の特集にまとめました。私も、この事件と少なからずかかわりを持っているのに、会わなくていいのだろうかと考えました。正直に言えば、それまで逃げているところもあった。障害児の親として、この事件を直視するのはやはり苦痛がありました。しかし、そう言っていてはいけないのかもしれないと思って、手紙を出しました。それに対する返事がこれです。

「やまゆり園はいい職場でしたし、すっとんきょうな子供の心失者をみると笑わせてくれます。子供が可愛いのは当然です。ですが、人間として70年養う為にはどれだけの金と人手、物資が奪われているか考え、泥水をススり飲み死んで逝く子どもを想えば、心失者のめんどうをみている場合ではありません。」
「目の前に助けるべき人がいれば助け、殺すべき者がいれば殺すのも致し方がありません。」
「重い障害を持っている子の親に、こんな話しは誰もしたくありません。もちろん自分の子どもが可愛いのは当然かもしれませんが、いつまで生かしておくつもりなのでしょうか。」

雨宮 絶句する言い分ですが、手紙を見ると、思いがけず、字がきれいですね。女性の字みたいです。
神戸 私の『障害を持つ息子へ』も送ったのですが、その中で、私が福岡で放送したニュースの中で発言した言葉が出ています。
「植松容疑者には、愛した人はいなかったのでしょうか。愛する人が突然の不幸に遭った時に、『もう生きている必要はないよ』と言うでしょうか」。
これに対しても彼は「そのような考え方は虫酸が走ります」と書いてきました。
雨宮 ああ……。
神戸 彼は障害児を育てる親の苦悩について、死にたいと思っている親御さんがいるのだから、「大至急、彼女達を苦しめる化け物を殺してあげたい」と書きました。この最初の手紙では、単に私の本に対する反論だと思っていたのですが、その後面会を続けるうちに、違った見え方が生まれました。それで、3回めの面会のとき私は、ひとつの想像を彼にぶつけてみました。
「あなたは、もしかすると、障害児を育てるのに苦しんでいる母親を救いたいと考えたのではないですか」と。すると彼は、「はい」とうなずいたのです。
そう思ったきっかけを聞くと、やまゆり園に入所していた知的障害者がずっと走り回っているのを見て、母親の大変な負担を感じた、と答えました。
続いて次のように質問しました。
「あなたは、「役に立つ人」と「立たない人」とのあいだに線を引いて、人間を分けて考えているようですね。もしかするとあなたは、自分は役に立たない人間だと思っていたのではないですか」
植松はそれに、「大して存在価値がない人間だと思っています」と答えました。
さらに私は「もしかすると、あなたは事件を起こしたことで、自分が役に立つ人間の側になったと考えているのではないですか」と尋ねました。すると彼は少し微笑んで、「少しは、役に立つ人間になったと思います」と答えたのです。
雨宮 役に立つ人間になれた……。
神戸 植松の犯行動機の核心はここにあると思っています。彼は悪いことをしたとはまったく思っていない。みんながタブーとして言えないこと、実行できないことを代わりにしてあげたのだと。
雨宮 事件前に衆議院議長に宛てた手紙にも、「世界経済の活性化のため」といったことを書いていたそうですね。自分が世界を救うというような誇大妄想も感じる一方で、自分がどれだけ役に立つ人間かということをアピールしているようにも読めます。



【拘置中の植松被告から神戸さんに届いた手紙】

植松被告は、私に「いつまで息子を生かしておくのですか」と問うた

神戸 2019年2月の5回めの面会のとき、彼は少し憔悴して見えました。「拘置所の中は楽しみがない、ご飯がまずい」と愚痴るように私に言いました。以前、外にいたときの楽しみは「おいしいものを食べること、大麻を吸うこと、それとセックス」だと言っていたので、やや残酷かもしれませんが「あなたはその三つのどれも、二度と体験できないのではないですか」と言いました。
すると、少しだけ言葉に詰まって「その点では、少し後悔しています」と言いました。しかし、すぐに「でも、気づいてしまったのだから仕方がない」と続けた。「仕方がない」とは、彼がくりかえし言っていることです。
雨宮 仕方がない、なんだ……。
神戸 彼は、皆が心の中では思っていても口に出せないことを代わりに実行してあげたと思っていて、世の中に称賛されるつもりでいたのかもしれません。
その2週間後にまた面会に行くと、これまでとようすが違いました。唐突に彼は、その前年に東海道新幹線の中で起きた殺人事件の話をはじめました。男がナタで女性の乗客に切りつけ、止めに入った乗客の男性が殺害された事件のことです。彼はこの乗客を褒め称え、「意味があるから仕方ないと思うんです。楽しいことより、しなきゃいけないことがあるんです」と言った。つまり、彼と同じように正義感から自分も障害者を殺したと言いたいのです。
雨宮 本気でそう思っているんですね。
神戸 このときは、明らかにこれまでと彼のようすが違って、激しい言葉で私に食ってかかってきた。

「身内に障害者がいる人は、正常な判断ができないんです。そろそろ現実見ましょうよ」
「いい加減、考えましょうよ、みんな。現実をみれば安楽死は必要ですよね。それどころじゃないんです。日本の現実を見たら、それどころじゃない。先のこと考えたら、そんな場合じゃないんです」

本の中に登場する重い障害を持つ子のことを「あの子なんかはまさに『心失者』だから、安楽死させるべきです」と言いました。同じように、私の息子についても「いま現在殺せとは言わないけれど、もっと幼いころに安楽死させておくべきだった」とも。
本の中で、息子とほとんど意思疎通のできなかった2歳くらいのころを振り返って、妻が「発作的に、殺してしまうかもしれないと思った」と語ったことがあったと書きました。彼はそこを見つけて、そのとき安楽死させておけばよかったと言ったのです。


たしかに、幼い頃の息子はほとんどコミュニケーションがとれず、少しでも目を離すと駆け出すので、親の私たちも気が休まる暇がありませんでした。ですが、障害を持つ子も、ゆっくりではあっても成長します。私たちも、息子とのコミュニケーションの方法をお互いに学び、しだいにできることが増えてきました。現在は20歳になっていますが、LINEで会話することもでき、現在は福祉サービスの事業所に楽しそうに通っています。
私はそういうことも伝えましたが、植松被告は「(育てるのに)かけた労力に釣り合っていない」と言いました。「そんなのは余計なお世話だと言う障害児の親もいるはずですよ」と反論すると、「それは精神が未熟だっていうことの証拠ですよ」と言いました。
雨宮 精神が未熟……。
神戸 おそらく、この言葉は用意していたのでしょうね。
雨宮 神戸さんの心に打撃を与えるために。
神戸 そうです。そこには敵意のようなものを感じました。頬のあたりがヒクヒクしていて、何かいつもと違うなと思っていたのですが、後から考えて、そうか、あれは敵意だったのだと気づきました。
そのことで、在日コリアンへのヘイトスピーチなど、突如むき出しの敵意を向けられた人の気持ちがはじめてわかったように感じました。そこから、この事件だけでなくヘイトスピーチや、LGBTを「生産性がない」とした議員、「そうだ難民しよう」というイラストを描いた漫画家なども含め、「自分たちと違う人間に線引きをして敵意を向ける行為」をテーマにしたラジオドキュメンタリー「SCRATCH 差別と平成」をつくったのです。スクラッチとは、地面にがりがりと線を引くことを意味しています。

障害者は健常者よりも価値が低いのか

雨宮 あの事件の後、「人間は平等だ」「命はかけがえのないものです」といった言葉がメディアに溢れました。でも一方で、障害を持つ人が事故で亡くなった場合、賠償金の算出のもとになる逸失利益というのが障害者だとゼロ円になったケースが結構あるんですね。それにはすごくショックを受けたのですが、建て前でどれだけ「障害者を差別しない」と言っても、現実に司法の世界では障害者は働けないとされ、それによって逸失利益は0円と算出される。存在価値が0円、というような残酷さがある。そうやって否応なく価値づけられてしまうことについて、どう思われますか。


神戸 よく言われることですが、障害を持つお子さんを育てるのに苦悩した結果、思い余って子どもを殺害してしまった母親に対して、刑期がふつうの殺人事件の半分くらいになるという判決が続いてきました。
雨宮 減刑の嘆願署名がされたりもしたんですよね。
神戸 ええ。「お母さんは大変だったんだ、かわいそうだ」ということです。でも、殺された側からすれば、自分の命は健常者の半分なのかということになるでしょう。それに対する異議申し立てをしてきたのが「青い芝の会」などの障害者団体です。でも、健常者の多くは「仕方がないこと」だとしてそれを容認してきた。戦後の日本社会は平和主義の一方、経済の発展を第一にしてきましたから、命をお金に換算することについても違和感なく受け入れてきた面もあるかもしれません。
私の息子はかなり重度の自閉症ですが、妻が献身的に療育に取り組んでくれたことや、スマホなどIT機器を使ったコミュニケーションの方法ができたことで、家族とのコミュニケーションは一定程度とれるようになりました。しかし、もっと重度の障害を持つお子さんがいる家庭は、私からみても大変だなと思います。はたから見れば、まったくコミュニケーションがとれていないようにも見える。
でも、その親御さん自身からすれば、意思が疎通できたと思える瞬間はあり、その積み重ねでわが子を愛おしく感じたり、働きかけに応えてくれたと思えることはまちがいなくあります。親子の関係のなかで、互いを大切だと思えば大切なわけで、それを第三者や、あるいは「社会」の側から「この子には価値がない」とか「苦労して育てる意味がない」と判断する資格はあるのかということです。

「内なる優生思想」を克服するには

雨宮 神戸さん自身は「内なる優生思想」とどう折り合いをつけていますか。
神戸 優生思想的な発想というのは誰にもあると思います。子どもが生まれるなら、できれば見た目がいいほうがいいとか、スポーツはできてほしい、学歴はないよりあったほうがいいとか。そういう考えと地続きに、障害もないほうがいいという発想もあるのでしょう。
それは否定しきれないものだと思います。けれど、その基準を誰かに強いられることはあってはならない。
そして、健常者か障害者かを問わず、実際に子育てをしていく中で、できることとできないことがあり、願った通りに育ってくれないことはよくあります。人間だから当然のことです。そのときに「それでもいいじゃないか、この子はこの子だ」と思えるかどうか。言い換えれば自己肯定ですね。自己肯定感を持つことが内なる優生思想への歯止めになる。これは、障害のある子どもを授かって20年、一緒に育ってきたから思えることです。
「それでいいじゃないか」と思える人は、他者に対しても寛容になれるはずです。植松被告はその自己肯定感がとても低かった。ずっと役に立つ人間になりたいと思いながら、なれなかった。それで、あの思想を手にしたときに、自分が社会に役立てると確信してしまったのだと思います。
雨宮 もしお子さんに障害がなかったらどう考えたでしょうか。
神戸 ひどい事件だとは思っても、自分のことだとは思わなかったかもしれませんね。そういう想像力を持つための教育が足りなかったのかもしれません。人権教育も平和教育も、重要なのは相手の立場とか、歴史的な局面にもし自分が立たされたらと考える想像力が出発点です。素朴かもしれませんが、内なる優生思想に対抗するための最大の方法だと思います。

【神戸さんの文章に歌手・趙博さん(パギやん)が曲をつけた「障害を持つ息子へ」。障害のある子を持つ67家族が動画に写真を寄せた】



この記事はダイジェスト版です。フルバージョンは『この国の不寛容の果てに 相模原事件と私たちの時代』として、9月下旬に刊行予定です。


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先行連載「この国の不寛容の果てに」(雨宮処凛)

9月刊予定の『この国の不寛容の果てにーー相模原事件と私たちの時代』から、雨宮処凛さんと各分野の識者の対話を一部抜粋でお届けします。
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