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毒親の話①

 私の母は私のことを正しい意味では愛していない人でした。女性という性別で生まれた私は価値がなく、お金がかかるくせに役に立たない、というのが母の言い分でした。

 とにかく色々なことをされました。幼少期は些細なことで体が浮くほど叩かれたりする体罰。言葉の意味がわかってくる頃には「要らない子」「橋の下から拾ってきた」「弟くんだけでよかったのに」という言葉の攻撃。思春期には洗濯や風呂の制限。高校生の頃には、ここには書きにくい性的なことや、基本的な健康問題のネグレクトのようなもの。これが私が母から受けた愛情です。歪み切った愛情は対象者を傷付け、心を切り裂きます。

 なんて酷いことをするのだろう。なんで私だけは愛して貰えないのだろう。そんなことを何度も何度も考えては答えの出ない暗闇の中でもがく日々でした。

 いま私は大人になり、母と連絡を取ることをやめました。もちろん実家にも行っていません。母はもう死んだもの、もしくは最初から赤の他人に義理で育ててもらったものとして生きています。

 おかげでもう全ての家事を押し付けられません。お風呂や洗濯を制限されません。なにかするたびに「金食い虫」と言われたり、大好きな漫画やタレントを否定されたりしません。家族の悪口を聞かなくても良くなり、「女のくせに」という理不尽な差別もされません。

その代償は実家という空間と、血の繋がった家族全員との関係性と、地元の友人達です。他にもいろいろありますが、それでも母の手元に置かれていた時代を考えれば天国のような環境です。

 「子どもは親を選んで生まれてくる」なんて大嘘だと思います。選ぶ方法があみだくじやくじ引きなら、確かに選んでいるのかもしれませんが、私が引いたくじは酷いハズレくじです。

 親の姿を見たり、声を聞いたり、手紙やLINEを見るだけで私は震えが止まらなくなります。酷いと眩暈を起こし、吐いたりします。不整脈が出て発熱して寝込みます。これを自分が「選んだ」としたら、私はとんでもないマゾヒスティックな人間です。

 親は、トラウマの原因になりうるのです。

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