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第二章 - 二人の王子3

 アサは灰色の毛並みの衛兵十二人に連れられて大聖堂に戻ってきた。とっさの嘘で乗車券は戻されたが、隙を見て町を抜け出すことすら難しくなってしまった。大勢の犬たちに囲まれたアサを見て、大聖堂の入り口の前で待っていたネズミが言った。
「お一人で出て行かれたのは分かりましたが、ずいぶんと大人数になって戻ってこられましたね」
 ネズミの毛だらけの顔では、表情が読みにくい。列車の出発時間が来たら、アサを見捨てて自分だけ逃げるつもりだろうか。部屋に戻ろうと小部屋から地下に下りる。アサと一緒に現れた衛兵たちの姿を見た神父が、衛兵のための部屋を急いで準備する。
衛兵たちはアサの部屋の前の通路に三人。他はそれぞれ、アサの左右と正面の部屋に交代で待機することになった。アサは部屋に戻り、抜け出せそうな場所がないか探すが、狭い地下の部屋では窓から逃げることもできない。部屋から出ると、ネズミがすぐ横に立っていた。ネズミもアサを見張っているのだ。
「王妃様の出産ってどうなってるか知ってる?」
「出産はもう始まってるようですよ。というか、もうずいぶん前から始まってたようで。難産みたいです」
「近くまで見に行けそう?」
「先ほど私が見に行ってきましたし、可能です」
「案内して」
 部屋にこもっていても町からは出られない。出産の混乱に乗じれば突破口が見つかるかもしれないとアサは考えた。
アサはネズミに連れられ、階段を上って地上に戻り、祭壇の横の扉から大聖堂の外に出る。扉の外は屋根のある外通路を通じて、隣の建物に繋がっている。ネズミを先頭に、アサは前後を王宮からの衛兵三人に挟まれたまま通路を歩く。赤っぽいレンガのような建物に入ってすぐのところにある螺旋階段を上がって少し歩いたところに白い扉があった。扉の前に神父が一人立っている。
「こちらのお部屋に出口はありません。あなた方は外でお待ちください」
 神父は衛兵たちに声をかけ、アサとネズミを部屋の中に通した。部屋は長椅子が通路に沿って置いてあるだけの細長い造りだった。壁の一面がガラス張りで、そこから下の部屋を覗けるようになっている。部屋の出入口は一つしかないようだ。
アサは近づいて下を覗くフリをしながらガラスに触れるが、継ぎ目のない厚いガラスを壊すことは難しそうだった。下の部屋では中央のベッドで王妃らしき白い犬がうめき声を上げながら気張っている。赤子の一人はすでに産まれたようで、近くのガラスのケースに入れられている。しかし、両腕と片足、のどに管がつけられているし、子どもはほとんど身動きしていない。
「あれ、黒い」
 アサはガラスケースの中の赤子を見て、思わずつぶやいた。王宮で見た王犬の毛の色は茶色に白混じり。顔ももっと細長かったし、手足も長かった。この子は王にも王妃にも似ていない。バサバサとした粗い質感の毛は、ここに着いたばかりの時に大聖堂の前で会った黒い犬に似ている。横目で見ると、垂れ耳の神父が無言でガラスに顔を寄せ、黒い子犬を凝視していた。
 この子は、王の子じゃない。
 アサは確信した。あの王犬なら、この子を殺してしまうだろうか。いや、すでに死んでいるかもしれない。王妃の身体にかけられた白い布の下から、今度は茶色に白い毛の混じった犬の身体の一部が出てきた。助産師らしき犬が子どもを引っ張り出す。茶色混じりの白い毛に長い手足をもった赤子だ。すぐに鳴き出した子は生きているようだが、片腕の先端がなく、もう片腕は極端に曲がっている。両足の長さも少し違うようだ。周りにいた犬たちの動きが慌ただしくなる。
 神父はガラスから身体を離し、アサに向き直って言う。
「本日の命名式は延期となることでしょう、いったんお部屋にお戻りいただけますか?お食事をご用意しますので、食堂でゆっくりとお過ごしくださいませ」
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小説投稿サイト「エブリスタ」で連載中の「夜の案内者」の転載投稿です。
物語のつづきはエブリスタで先に見られます。

▼夜の案内者(エブリスタ)
https://estar.jp/novels/25491597/viewer?page=1

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