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第二章 - 二人の王子4

 神父は少し手を広げて押すようにアサとネズミを部屋の外に出し、扉の前で待機していた衛兵たちに、二人を食堂まで連れていくように指示する。
「すみません、お腹が痛いので、少しお薬みたいなのいただけません?」
 アサはそっと左手をあげて神父に言う。
「ここ、病院ですよね?」
「今すぐ、ですか?」
「ものすごく痛くて、さっきから」
 神父は少しの沈黙の後、「あとで食堂にお持ちしますので」
「わたし、あなたとずいぶん見た目が違くない?」
「はい?」
「必要な薬の量なんてあなたに分かるの?わたし、あなたと違う種族でしょ?あなたたちが普段飲んでる薬がわたしに効果があるなんて分かるのかなって」
「それは・・・」
「そもそもあなた、薬の知識とかあるの?変な物飲ませて具合悪くなっちゃったら、王様が怒り狂ったりしない? わたしは自分で見ればたぶん分かるから。だから薬がある部屋まで案内してくれない?ああ、もうお腹痛い。死にそう」
 アサは両手でお腹を抱えて苦しそうな表情をつくって見せる。わざとらしすぎるが、それでも無視できないことは分かっていた。神父は分娩室のほうに軽く目をやり、「分かりました」と言って階段を下りる。
アサとネズミ、三人の衛兵がそれにつづく。階段を下りて、入り口とは逆方向に少し歩くと金属の大きな扉がある。扉の上に文字が書かれているが、読めない。中に入ると、部屋には小さなガラス瓶が並んだ棚が並んでいる。棚ごとに名前がつけられているようだ。色分けされたガラス瓶には、葉のようなもの、黒い丸薬、白い粉などが入っている。
「棚の説明を聞ける?どの用途のものなのか」
「整腸剤がこちらの棚ですね」
 神父は棚に書かれている文字を指さして言った。
「ありがと、一応ぜんぶ教えてくれる?知っておけば何かあった時に自分で取りにこれるじゃない?」
「一番右が抗生剤、整腸剤、下剤、抗炎症薬、血圧関連、ホルモン剤、左のほうが塗布薬になります。この辺りはご覧になればおわかりになるかと」
「分かった、じゃああとは自分でやるから、お産のお手伝いに戻って大丈夫。急いでるんでしょ、ありがとね!」
 アサは神父が部屋から出ると、奥の棚に置かれていた空の薬瓶と薬を包む薄い紙を集め始めた。それから棚の間を行き来して薬を集めると、紙に包んだり薬瓶に小分けにしたりしていく。顎に手を当てて薬棚を見ていたネズミがアサに聞く。
「整腸剤以外も必要なのですか?」
「長旅になった時に、いろんな薬があったほうが安心できるでしょ?」
アサは手を動かしたまま答える。アサは集めた薬を部屋にあった空箱に詰めて両手で抱えると、扉を開けてと衛兵たちに声をかけ、衛兵たちに挟まれながら部屋に戻った。
 アサは部屋に戻るとすぐに持ってきた薬の一部を肩にかけた小袋の中に入れた。そのほかの薬も整理しながら自分のバックパックに詰めていく。作業をしながら、アサは二人の子どものことを思い出していた。一人は黒い毛、一人は王犬と毛色に長い手足をもつ犬。二人は父親が違うのだ。犬は違う父親の子を同時に妊娠できる。しかし、王犬の子は明らかに奇形児だった。たぶん、長くは生きられないだろう。黒犬のほうは身体に明らかな異常は認められなかったが、すでに呼吸が止まっている様子だった。子が無事かどうかはともかく、多少の混乱は起こるはずだ。それに乗じて町から逃げ出そう。
(一人で?)
 アサはネズミのことを考えた。ネズミは医者を探しているようだ。それに、殺した理由を知りたがっていた。ネズミの知り合いが殺されたのだとしても、理由を知ってどうするのだろう。
 復讐するつもりなのかもしれない。身近な人を殺され、その復讐をしたいと。
 アサはバックパックのヒモを縛って閉じる。ネズミを殺した経験というなら、自分には心当たりがありすぎる。アサは一人で逃げる決意を固めた。ネズミが何者かは分からない。味方かどうかも。しかし、置いて逃げるならそう決めておかないと、いざという時に迷ってしまう。
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小説投稿サイト「エブリスタ」で連載中の「夜の案内者」の転載投稿です。
物語のつづきはエブリスタで先に見られます。

▼夜の案内者(エブリスタ)
https://estar.jp/novels/25491597/viewer?page=1


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