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第二章 - 二人の王子2

 どうやら王宮を守る衛兵のようだ。両手を握りしめ歯をむき出しにして、真っ赤な目でアサを見下ろしてくる。唸り声をあげ、下手なことを言えば噛み殺してきそうだ。アサは小袋の中から黒い乗車券を少しだけ出して見せる。
「ここの王様に会いたいんだけど、いつになったら会える?」
 黒の乗車券を見た衛兵の表情が明らかに変わる。この町では、前の町よりも乗車券に強力な効果があるのかもしれない。
「時間を指定してほしい、なるべく早く」
 アサは乗車券を小袋から出し、衛兵の目の前にかざしてすぐに小袋に戻す。衛兵は両手のこぶしを開いて半歩後ろに下がる。それから「ついてこい」と言って、自分が出てきた壁の中に招き入れる。こんな強そうな犬と一緒に逃げ場のなさそうな場所に入って平気だろうか。ためらうアサに衛兵が声をかける。
「それを持つものが現れたらすぐに報告するようにお達しが出ている。王に取り次ぐからついてこい」
アサは衛兵について王宮の壁の中に入る。紫色の通路は壁全体が薄暗く光っており、歩くたびに足下から赤い光が波紋のように広がって、通路の壁に広がりながら乱反射して消えていく。水の中を歩いているような感じだ。振り返るとすでに出口の扉が消えていた。
 入り口から数えて百二十六歩歩いたところで衛兵は立ち止まり、右手で壁を触る。周囲の壁が幻覚を見ていたように一瞬で消え去り、アサと衛兵は白く磨かれた床が光る大広間の中央に立っていた。天井が尖っているくらいで、室内には何もない。四角錘の白い箱の中に入り込んだようだ。
 衛兵は「謁見の間だ」と小声でアサに言ってから、部屋全体に声を響かせる。
「黒の乗車券を持つ者が現れたため、緊急にお連れいたしました」
ここで待つようにアサに言うと、衛兵は少し後ろに下がり、そのまま姿を消した。アサは乗車券の入った小袋を片手で掴んだまま、周囲に耳を澄ませる。静寂のせいか、高音域の長音が聞こえるような気がする。自分の鼻息、腸が動く音、頬で感じる空気の温度、足で感じる地面の質感。あまりに静かすぎて、感覚が研ぎ澄まされるようだ。
「吉兆だな」
 真後ろから声がして息が止まりそうになる。振り返りながら、アサは片手で少し胸を押さえた。心臓が激しく鳴っている。
目の前には手足の長い巨大な犬が二本足で立っていた。茶色と白の混じった長い毛に、垂れた長い耳。細長い顔には切れ長の目。瞳の色は星のない闇のような黒い色をしていた。犬は身体全体を覆う赤のローブに花模様の刺繍が施された金色の布を肩にかけていて、白と銀の腰帯を付けていた。頭には金色の輪がついた細い鎖が巻かれている。靴は履いていない。靴を履いている犬は一人も見かけなかったので、この町では靴は履かないものなのだろう。
王犬はアサに乗車券を出すように命じる。アサが小袋を開けようとすると、王犬は小袋を取り上げ、中の乗車券を取り出し、小袋を離す。黒い瞳を乗車券に近づけ、匂いを嗅ぎながら観察する。巨大な王犬を目の前にして、アサはほとんど真上を見上げる格好になった。
「すぐにでも世継ぎが生まれる。そのような時期に『案内者』が町に現れるとは願ってもない。誕生後まもなく、大聖堂で命名式が行われる。ぜひ出席してもらいたい。また晩餐にも招待しよう」
「それ、とりあえず返してもらえますか?あと、晩餐とかいいので、この世界から出る方法を教えて欲しい」
「出る方法、だと?」
 王犬はアサに顔を近づける。
「出る方法が分からないなら、どうやって入ってきたというのだ」
「あの、出るって町からじゃなくて、この世界から。線路をたどって列車が来た方向を逆走すれば戻れると思うんだけど」
 王犬は鼻を鳴らす。
「我々は町から出ることはできん。町は高い壁で囲われていたはずだ。どうやって入ってきた?」
 列車を降りた時、砂丘を下ったところに左右に広がる赤壁が見えていた。赤壁は高く、外から壁の中は見えなかったが、一部が三角の形状に広く開いていた。三角の門は扉があるわけでもなく、ただ歩いて通過して入ってきたのだ。
「我々は赤壁から外に出ることはできない。予は世界の外を見たいのだ。しかし、これまで壁の外に出た者はいない。この黒い紙の話は伝わっている。これがあれば町の外に出られるのだろう」
 王犬はアサの手の届かない高い位置で乗車券を掴んだままだ。乗車券がないと町の外に出られないのか。アサは情報を集めるためとはいえ、迂闊に乗車券を見せたことを後悔した。
「これを返すつもりはない」
「わたしが持ってないと、それ、消えちゃうけど?」
 王犬はこの世界から出る方法は知らないようだ。ならば、乗車券を早く取り返して町を出たほうがいい。
「本当かな?お前はこれについてほとんど知識がないようだったが?」
「いいよ、なら持ってれば。わたしも出られない。だけどあなたもせっかく手に入れた紙をなくすことになる。結局外には出られない」
 王犬はアサの花緑青色の目をのぞき込む。黒い瞳にアサの姿が映っているのが見える。
「分からないことはたくさんある。でもわたしはそれの持ち主。あなたよりはそれについて知ってる」
 声のトーンを少し変え、早口で続ける。
「以前、その紙を置き忘れて外に出たことがあったの。長い時間じゃなかったけど、戻ってきた時に紙が消えかかってた。その紙は、わたしと離れると消えちゃうみたい。それから気をつけるようにしてる」
 アサは右手を前に差し出す。
「返してくれる?」
「・・・監視をつけよう」


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▼人類の至宝サグラダファミリア~光の森に入り込んだような神秘の建築
https://mijin-co.me/novel_sagrada_familia/
2章に出てくる大聖堂のモデルはサグラダファミリアです^^

小説投稿サイト「エブリスタ」で連載中の「夜の案内者」の転載投稿です。
物語のつづきはエブリスタで先に見られます。

▼夜の案内者(エブリスタ)
https://estar.jp/novels/25491597/viewer?page=1


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