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第二章 - 二人の王子1

 次の町は巨大な建物が並ぶ大都市だった。都市中央を走る道路の幅は、車が横に三十台並んでも余りそうなほどで、道の両側には街路樹が等間隔に植えられている。砂漠の中にこんな城塞のような都市があることを不思議に感じる。
アサは町中を歩きながら、光の強さに目を少し細める。この世界に来てから一度も夜になっていないが、猫の町にいた時より、日が昇った感じはある。中央道路の先には、紫色をした巨大な四角錐建物があり、尖った先を空に突き刺しているようだった。町は一つ一つの建物が巨大で、色も壁がピンクと黒の縞模様に塗られていたり、タイルで円形の模様が描かれていたり、華やかに彩られている。
アサが周囲に目をやりながら歩いていると、金に塗られたクリーム状の屋根をした建物から、黒く粗い毛の犬が飛び出してきて、アサにぶつかりそうになる。
「すまない、急いでいるんだ」
 黒い犬は近くにいた真四角の青い車に向かって手を振る。車はアサの膝下くらいの高さで浮かんでおり、空
中を滑るように走って犬の横に止まる。車の正面と背面にガラスの窓がはまっているが、左右には窓がなく、ただ四角く開いたようになっていた。黒い犬が車に乗り込むと、車の上の赤いランプが消え、車はどこかへ走り去った。
黒い犬が出てきた建物の扉がわずかに開いている。アサが中を覗き込むと、背もたれのある長椅子が並んでいるのが見えた。
「入ってみましょう」
 アサの後ろからネズミが扉を押す。
 大きなステンドグラスから床に赤や青や黄色の光の模様をつくり出しているのが見えた。高い天井を支えているのは、緩やかなカーブを描いた細く白い柱。つややかな白い石の柱が、天井向かって枝を生やすように広がっている。円形の天井部分には、布を持って踊る犬たちの絵が描かれている。長椅子は磨かれた白い通路を挟んで両側に並んでおり、通路の先には一輪の花を持った白い犬の像があり、その前に小さな祭壇があった。
 入り口を入ってすぐ左にある小部屋から、白い布をかぶった犬が出てきた。大きな垂れ耳を布の隙間から覗かせた茶色の犬だ。身体全体を覆う紺色のローブに大きな円が描かれている。胸には二つの円が重なったネックレスをしている。
「旅のお方ですか? 大聖堂へようこそ」
 犬が静かに歩いてきて言った。ネズミはアサの前に出て、赤い乗車券を見せる。
「こちらの神父様でしょうか、私たちは泊まれるところを探しているのですが」
 神父は乗車券を見てうなずく。
「こちらの地下に、修道士たちが使っている部屋があります。空きがありますので、そちらを自由にお使いください。ご案内いたします」
 神父は先ほど出てきた小部屋に二人を案内する。中には地下に下りる階段があった。
「奥の間では出産の準備が始まってますので、どうぞお静かにお過ごしください」
 王の初めての世継ぎの出産とあって、町の最高の医師や助産師たちが集められているのだという。アサたちは神父の案内に従い、石の階段を通って地下に下りていく。階段を降りるのに合わせるように、壁の石の一部が自動的に明るくなり、遠ざかると自然に消えていく。二回折り返しながら階段を下り続けると、ガラスの扉が見えた。神父が近づくのに反応して、自動で扉が開く。
高い天井の地下には、ガラスで仕切られた部屋がいくつもあり、職人らしい人たちが設計図を引いたり、木や石を磨いたりしている。紙が入った棚や活版印刷ができるような部屋のほか、陶器を作るような設備もある。工房が集まる場所の奥に赤茶色の大きな扉があり、そこを抜けると左右に長方形の扉が並ぶ通路に出た。
「三番室と八番室が空いております。中に必要な設備はありますから。この通路をまっすぐ行ったところが食堂になります。わたくしたちは決まった時間に食事をしておりますが、旅の方は自由にしていただいて構いませんので」
 神父は頭を下げると出産の準備があると言って去っていった。アサは背中ごしにネズミに話しかける。
「どっちがいいとかある?」
「どちらでも構いませんよ、お好きなお部屋をお選びください」
「なら、こっち使うね」
 アサは八番の部屋の扉を開けると同時に部屋の天井が明るくなる。一人用の小さなベッドとトイレ、シャワーがあるだけの簡素な部屋だ。
「これ、どうやって灯り消したらいいんだろ?」
 アサが言うと、天井は静かに暗くなっていく。
「言葉に反応するようになってるのか、なるほどね」
「どこか行かれますか?」
「食堂に行く。あなたは食べないから行かないでしょ?」
「分かりました。では私は部屋にいますが、町に出られる際には必ず声をかけていただきたいです」
 アサはうなずき、灯りをつけてと声をかけて部屋に入る。荷物を置いて黒い乗車券の入った小袋をたすき掛けにしながら、扉に耳を澄ませる。ネズミが部屋に入って扉を閉めた音を確認すると、音を立てないように扉を開けて外に出た。アサは靴を脱いで片手で持って通路の扉に走り寄り、静かに戸を開けて工房に出る。扉を閉めて靴を履き直すと、走って階段を上り、小部屋を抜けて聖堂の外に出た。ネズミをどこまで信用できるか分からない。元の世界に戻る方法を早く探さなければ。
 アサは遠くから見えた四角錐の建物を目指して歩き始める。町で一番巨大な建物にはだいたい、その町の権力者が住んでいる。アサは権力者と交渉するつもりでいた。これほど文明の進んだ町なら、列車を逆走させることもできるかもしれない。
アサは建物目指して走っていたが、途中で青い車を見つけて手を振った。町に着いた時に黒い犬が使っていたものだ。近くを走っていた車はアサの手に反応して止まり、窓のない車の右側が横に滑るように開いた。
アサは車に乗り込んで「前に見える紫色の三角の建物まで」と車に声をかける。車の右側は滑るように閉まり、少し高く浮き上がって四角錐の建物に向かって速度を上げていく。
車の中には運転席も何もなく、座席が四つ並んでいるだけだ。途中で同じような青い車とすれ違う。ガラスのない窓から顔を出して周囲を見ると、かなり高くを飛んでいる車が見えた。
「ねぇ、少し上の方飛べる?」
 町の全体像が見たくなり、アサは車に声をかける。アサの命令に従って車が徐々に高度を上げると、町の全体像が見えてきた。四角錐から放射状に広がる道路に沿って、カラフルな球体が団子状に重なった高い塔や、森のように広い公園、黒く輝く四角い建物などが見える。
四角錐の周りには建物がなく、平らな灰色の地面で覆われている。四角錐の四隅の近くには、全部で四体の巨大な白い犬の石像が設置されている。一体は巨大な槍を持ち、一体は盾を持ち、一体は箱の上に座り、一体は両手を組んで祈りを捧げる姿勢を取っている。すべてが四角錐を背にして町の方を向いていて、像の前から町の外へと太い道路が伸びているのだ。その一本がアサたちの入ってきた町の入り口に繋がっている。アサはふと思いついて車に話しかける。
「あのさ、町の外に出て線路をたどるってできる?」
 もし、この車でそのまま線路を逆走することができれば、自分が乗車券を受け取った駅まで戻れるんじゃないかと考えたが、車からは「町から出ることはできません」という女性の声が聞こえてきただけだった。
 青い車は徐々に高度を下げ、白い犬の像の左脇を抜けたところで止まった。アサが降りると車は扉を閉めて飛び去っていく。アサは建物のすぐ近くまで歩くが、入り口は見つからない。遠くから見ても建物の材質がはっきり分からない。アサが建物の壁に触れると、触れたところから赤い光が波紋状に走り、驚いて手を引く。
アサが建物に触れずに壁を見ていると、すぐ近くの壁の一部が地面に吸い込まれるように消えて、上半身を露にした屈強な灰色の犬が出てきた。
「王宮は現在、王妃様のご出産のため一切の立ち入りを禁じている。立ち去られよ」

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小説投稿サイト「エブリスタ」で連載中の「夜の案内者」の転載投稿です。
物語のつづきはエブリスタで先に見られます。

▼夜の案内者(エブリスタ)
https://estar.jp/novels/25491597/viewer?page=1

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