石井暁氏の『自衛隊の闇組織』を読む(1)「首相も防衛相も存在さえ知らない」

▼共同通信編集委員の石井暁氏が書いた『自衛隊の闇組織 秘密情報部隊「別班」の正体』(講談社現代新書、2018年)がめっぽう面白い。評者は彼のスクープをたしか琉球新報で読んだが、のけぞるほどびっくりしたことを覚えている。その地道な取材の顛末と現状を伝えるルポ。

▼まず、当該記事を引用しておく。2013年11月28日付のたくさんのブロック紙や県紙に載った記事だ。

陸自、独断で海外情報活動/首相や防衛相に知らせず/文民統制を逸脱/自衛官が身分偽装
陸上自衛隊の秘密情報部隊「陸上幕僚監部運用支援・情報部別班」(別班)が、冷戦時代から首相や防衛相(防衛庁長官)に知らせず、独断でロシア、中国、韓国、東欧などに拠点を設け、身分を偽装した自衛官に情報活動をさせてきたことが27日、分かった。

 陸上幕僚長経験者、防衛省情報本部長経験者ら複数の関係者が共同通信の取材に証言した。

 自衛隊最高指揮官の首相や防衛相の指揮、監督を受けず、国会のチェックもなく武力組織である自衛隊が海外で活動するのは、文民統制(シビリアンコントロール)を逸脱する。

 衆院を通過した特定秘密保護法案が成立すれば、自衛隊の広範な情報が秘密指定され、国会や国民の監視がさらに困難になるのは必至だ。

 陸幕長経験者の一人は別班の存在を認めた上で、海外での情報活動について「万が一の事態が発生した時、責任を問われないように(詳しく)聞かなかった」と説明。情報本部長経験者は「首相、防衛相は別班の存在さえ知らない」と述べた。

 防衛省と陸自はこれまで別班の存在を認めておらず、 小野寺五典防衛相は27日夜、「陸幕長に過去と今、そのような機関があるのかという確認をしたが、ないという話があった」と述べた。

 関係者の話を総合すると、別班は「DIT」(防衛情報チームの略)とも呼ばれ、数十人いるメンバー全員が陸自小平学校の「心理戦防護課程」の修了者。同課程は諜報(ちょうほう)、防諜活動を教育、訓練した旧陸軍中野学校の後継とされる。

 別班の海外展開は冷戦時代に始まり、主に旧ソ連、中国、北朝鮮に関する情報収集を目的に、国や都市を変えながら常時3カ所程度の拠点を維持。最近はロシア、韓国、ポーランドなどで活動しているという。

 別班員を海外に派遣する際には自衛官の籍を抹消し、他省庁の職員に身分を変えることもあるという。現地では日本商社の支店などを装い、社員になりすました別班員が協力者を使って軍事、政治、治安情報を収集。出所を明示せずに陸幕長と情報本部長に情報を上げる仕組みが整っている。身分偽装までする海外情報活動に法的根拠はなく、資金の予算上の処理などもはっきりしない。

 冷戦時代の別班発足当初は米陸軍の指揮下で活動したとされる。陸幕運用支援・情報部長の直轄となった現在でも「米軍と密接な関係がある」と指摘する関係者は多い。〉

▼5年以上かけて形になったこの見事なスクープは、日本国内の31もの新聞が1面トップで扱い、外国語にも翻訳された。評者が読んでのけぞったのは、「首相、防衛相は別班の存在さえ知らない」という一文だ。「存在さえ知らない」なんて、映画「ボーン・アイデンティティー」の日本版かよと思った。

▼本書を読んで重要だと思った点を次の4つのテーマに分けてメモしておきたい。

1)追いかけた記者の問題意識
2)別班をめぐる構造的な問題
3)調査報道を進める方法論
4)班員の精神に起こる出来事

▼まず、1)から。最大の問題は「総理大臣や防衛大臣が存在すら知らない組織が、自衛隊の中にある」ということだ。【】は文中傍点。

〈張作霖爆殺事件や柳条湖事件を独断で実行した旧関東軍の謀略を挙げるまでもなく、【政治のコントロールを受けず、組織の指揮命令系統から外れた部隊の独走は、国会の外交や安全保障を損なう】恐れがあり、極めて危うい。まさに【民主主義国家の根幹を脅かす】ものだ。〉(7頁)。

上記スクープには〈2008年ごろから、陸上幕僚監部が非公然秘密情報部隊・別班を、特殊部隊・特殊作戦群と一体運用する計画を検討していた〉(129頁)という続編があり、この問題については下記のように指摘している。
〈別班と特殊作戦群の一体運用構想は、文民統制を逸脱する海外情報活動をしている部隊を使い、憲法が禁じる「海外での武力行使」に踏み込む任務を想定していることから、私は二重の意味で自衛隊制服組の独走だと考えた。〉(131頁)

▼また、記事が配信されるまで石井氏が過ごした苦闘の時間は、国会で特定秘密保護法が成立した時期と重なる。ちょうど2018年12月6日、BLOGOSに石井氏のインタビューが出ていた。以下は「ちょっと想像すればわかるのだが、言われなければ、なかなか気づかない」話だ。

「会社に置いている取材メモを捜査機関に持っていかれたら終わりなんです。ニュースソースを守れないのです。ガサへの恐怖もありますし、常に秘密保護法で有形無形のプレッシャーを受けています。」

この石井氏のコメントは、本書で詳述されている情報本部長経験者からとった具体的な証言(147頁)、防衛省の事務次官や陸上幕僚長との緊迫したやりとり(155頁~)、小野寺防衛大臣との一対一の会話に漂う大臣の諦念(183頁)などを読んだうえで読むと、現実味が増す。

石井氏は記事を配信する直前、防衛省の事務次官に面会し、「陸上幕僚監部の別班が冷戦時代から、独断で海外展開しているという記事を3日後に配信します。今すぐ海外にいる別班員を出国させて下さい」(153頁)と頼んでいる。

さらに、現役の防衛大臣が口にした「【長くても2年ぐらいしかいない大臣になんて言うはずがない】。そういうことかなあ」という一言に、たしかに「別班」の闇の深さを感じた。

一度隠して非公然組織として運営を始めたら、その存在を隠し続けたくなる気持ちもわかる気がする。だから民主主義という擬制(ぎせい)を貫くためには、最初から公然組織にしておく必要があるのだろう。(つづく)

(2018年12月8日)

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