石井暁氏の『自衛隊の闇組織』を読む(2)構造的な問題と僥倖(ぎょうこう)

2)「別班を」めぐる構造的な問題

▼石井暁氏の『自衛隊の闇組織』が迫った「別班」は、なぜ非公然組織になってしまったのか。その由来についてはよくわからないようだ。本書で引用されている塚本勝一著『自衛隊の情報戦 陸幕第二部長の回想』から。

後ろめたいこともなく、ごく当然な施策なのだから、部外の人を相手にする部署を陸幕第二部の正規の班の一つとするべきだったと思う。しかし、教育訓練の一環ということで、予算措置の面から陸幕内の班にできなかったようである。〉(50頁)

▼強い意思をもって非公然組織にしたのか。上記のように組織運営の都合上、公然組織になる可能性があったにも関わらず「なんとなく」非公然組織になったのか。前者よりも後者のほうが、より恐ろしい。無意識に始まったものは、意識して軌道修正することがとても難しいからだ。

▼実際に出来上がってしまった「別班」の問題点については、佐藤優氏が示した実践的な眼からの分析が切れ味鋭い。

〈そもそも自衛隊を含む公務員が入手した情報は国民のものだ。その情報は国益のために用いなければならない。ヒューミントで得られた秘密情報は、外交・安全保障政策の決定に用いられて初めて意味を持つが、主管大臣である防衛相の統制から外れた別班が得た情報が、政府の決定に効果的に用いられることはあり得ない。なぜなら高いレベルの政策決定に影響を与えるような秘密情報については、情報の内容だけでなく、情報源の信頼度、入手の経緯、他の情報と照合した上での評価を併せて報告しなくてはならず、出所が明示できない別班の情報は評価の対象外になるからだ。
 私は1997年から2002年まで、外相や首相官邸に上がるロシア情報については機微な内容のものも含め、ほとんどに目を通していた。別班の情報が政策決定に用いられたことは、文字通り一度もないと断言できる。関係者の自己満足のためだけに収集された情報は意味がない。税金の無駄遣いだ。〉(162-163頁)

▼「関係者の自己満足」のための組織なのか、国益に資する組織なのか、考えるきっかけになりそうな記述もあった。石井氏は別班スクープにつなげるまで、ある「キーパーソン」と継続的にやりとりしたが、その「キーパーソン」が激怒する場面がある。

〈9月中旬、初めてキーパーソンの方から連絡をもらい、指定された都心のイタリア料理店に入った。席について乾杯をした直後、厳しい表情に一変したキーパーソンは怒りを露わにした。/「奴らは俺に嘘をついた」/知己を得てから、こんなに感情的になる姿を見るのは初めてだった。/「許さない。吐かせてやる。全面的に協力する。徹底的に調べろ」/「もう、海外からは撤退させたかもしれない。でも、必ず痕跡は残っている」/キーパーソンに、いったい何があったというのだろうか。質問しても答えてくれるはずもなかった。彼が話す断片をつなぎ合わせて想像してみると、次のようなことなのかと思う。(中略)いずれにせよ、キーパーソンほどの人物に嘘をつくとは、どういう人なのか。その人はどういう組織の指示を受けているのか。興味は尽きなかったが、知るすべはない。〉(119-120頁)

▼非公然組織ならではの歪みが、キーパーソンに不誠実を働くことになり、共同通信のスクープに結びついたのだろうか。逆に考えると、記者にこうしたキーパーソンとの縁がなかった場合、その案件は真実だったとしても闇に埋もれたままになる、ともいえる。いずれにせよ、潰(つい)えかけた記事化への道が、ここでつながった。石井氏は何度かの「僥倖(ぎょうこう)」に恵まれ、〈暗いトンネルの中〉(121頁)で試行錯誤していく。(つづく)

(2018年12月9日)

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