見出し画像

『「いいね!」戦争』を読む(9)ロシアが編み出した「4つのD」

▼正確には、ロシアの戦略に対して、アメリカのシンクタンク研究員が名づけたものだが、「4つのD」というキーワードがある。

これが、『「いいね!」戦争』の理論的な一つのクライマックスだ。

▼相変わらず、2019年7月3日現在でカスタマーレビューが1件もない。謎だ。

▼ロシアのネット戦略の前提は、ロシア連邦軍参謀総長だったヴァレリー・ゲラシモフ氏が唱えた、

「政治的・戦略的な目標を達成するための非軍事的手段の役割は拡大してきた。多くの場合、こうした手段の有効性は兵器の威力を上回る」

というテーゼだ。そのうえで、

「ロシアに対する情報戦争の戦い」と位置づけ、「本気」を出した。適宜改行。

〈ロシアがそんな力を手にするには戦略的な投資と組織が不可欠になる。ネット上の出来事は本質的に無秩序で「有機的」だという見方が欧米では大勢を占めているのとは非常に対照的だ。

KGBの後身であるロシア連邦保安庁(FSB)が調整役となって、75近い教育研究機関のコングロマリットを情報の研究および兵器化に専念させている。紛争をめぐる新しい急進的な考え方で(これについては第7章であらためて取り上げる)、ロシア国外の敵対勢力が国内の脅威となり得る前に無力化するという前提に基づいていた。

その結果生まれた戦略を、NATOとアメリカのシンクタンクである大西洋評議会のためにこの問題を研究してきたベン・ニモは「4つのD」と表現している。

批判を一蹴し(dismiss)、

事実を歪曲し(distort)、

本題から目をそらさせ(distract)、

聴衆を動揺させる(dismay)

のだという。西側諸国のラジオやテレビの電波がかつてソ連まで届いたように、ロシアのプロパガンダ要員もその返礼に乗り出した。

それも利子をつけて。〉(172-173頁)

▼このロシアが編み出した〈批判を一蹴し(dismiss)、事実を歪曲し(distort)、本題から目をそらさせ(distract)、聴衆を動揺させる(dismay)〉という「4つのD」は、2020年代以降の「スマホと戦争」を考えるうえで基礎知識になると思う。

人間ってーー正確に言うと、人間の脳って、ほんとうに未知の世界である。それについては次の第5章で取り上げられる。

▼「4つのD」の象徴は、実質的なロシアの国営メディアである「ロシア・トゥデイ」(現在のRT)だ。

RTに代表されるロシアのネット戦略は、大成功を収めている。

▼先日、マレーシア航空17便は、ロシアが用意した地対空ミサイルで撃墜された事実を、オープンソースだけで突き止めた「ベリングキャット」について、「『「いいね!」戦争』を読む(7)」で紹介したが、その実際の「効果」について知ると、じつはロシア側が大成功したことがわかる。

▼どうなったかというと、ロシアのRTなどのメディアとその応援団たちは、ある時はウクライナ政府を攻撃し、ある時はマレーシア政府を攻撃し、ウィキペディアに総攻撃をしかけ、6つのデタラメ説をでっちあげ、拡散しまくったのだ。

〈この集中砲火の狙いは、疑念を植え付けることーー相反する説が入り乱れるなか、どれが最も「正しい」のか、迷わせることーーだった。〉(177頁)

リヴィジョニストたち(修正主義者)は、議論に「勝つ」ことを目的としていない。真っ当な学説と「同じ土俵に乗る」こと自体が目的であり、同じ土俵に乗った時点で、リヴィジョニストたちの「勝ち」なのである。ロシアがとっている「4つのD」戦略は、リヴィジョニストたちの作戦と同じだ。

一つの「事実」の隣に、無数の「デタラメ」を並べ続けて、見る者を「迷わせれば、勝ち」なのだ。

この「4つのD」戦略に対して、「事実」は勝てない、ということが、どうやら科学的に証明されつつあるようなのだが、続きは次号以降で。(つづく)

(2019年7月3日)

この記事が参加している募集

推薦図書

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?