政治意識が高くて投票しない人の件 フランスの移民の場合

▼移民大国になりつつある日本社会について、「フランスの鏡」を通して考えさせられる寄稿を紹介する。

▼2017年のフランス大統領選について、「棄権者」に焦点を当てた分析。2017年5月10日付の朝日新聞夕刊。

書いた人は、最近フランスの「黄色いベスト」運動の分析で気を吐いた、一橋大学准教授の森千香子氏。適宜改行。

〈筆者の旧知の友人で、アルジェリア移民2世のナイマは予選を棄権した理由をこう語る。「11人の候補全員が白人、9人が男性、残り女性2人のうち1人は極右、もう1人の極左は反イスラム発言ばかり。誰もが自分とあまりにかけ離れていて、投票できる人がいない

 アルジェリア移民2世の社会学者ナシラ・ゲニフスイラマは、移民集住地区の住民が棄権するのは政治意識が低いからではなく、その反対だと述べる。「子供の時から自分を排除してきた社会に対し信頼感がなく、投票しても何も変わらない、それどころか利用されるだけだと考える。あえて投票箱に背を向け『自分は騙(だま)されない』と示すことで尊厳を保っている」。

 彼らは「反ルペン」の呼びかけを複雑な思いで見つめていた。「移民差別は国民戦線だけではなく、社会全体に根を下ろし、私たちの日常の一部です。大政党の政治家たちも差別を煽(あお)ってきた。そのくせ、今になって『ルペンを止めるために投票しろ』なんてふざけている、と思う人は多い」

 昨今、グローバリゼーションの敗者が排外主義に走るという分析が散見されるが、その一方で社会の最底辺に滞留する有権者の中には沈黙し、政治から事実上排除された状態にある人が実に多い。

 民主主義が直面する最大の問題は「ポピュリズムの台頭」ではなく、ポピュリズムにさえも背を向け、既存の制度内では自らを政治から排除してしまうしかない人々の増大ではないか。

 この「沈黙の声」に耳を傾け、そこから言葉を掬(すく)い取る技法を創造できるかどうかに、民主主義の未来はかかっている。これは日本社会とも地続きの課題である。

▼いまの日本社会で、上記のフランス移民と同じような絶望を感じ続けてきた人々が、実際にいたし、今もいるということを、知らない人がいる。

▼携帯電話の「圏外」は、英語でいうと「アウト・オブ・サービス」だが、この言葉自体が優れた文明批評になっている。「サービス」が適用されない人々。圏外。埒外。論外。そうした人々を包んで論じる問題圏がある。

そうした問題圏を意識するために、もっと具体的にいうと、そうした問題圏を見えるかたちにする「技法」を身につけるために、少なくとも確実に言えるのは、テレビを見ているだけでは間に合わない、ということだ。

日本社会という「自画像」を描くためには、何枚かの「鏡」が必要だ。そのうちの1枚は「移民」であると思う。

(2019年2月18日)

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