見出し画像

天皇の妻が払う犠牲は想像を絶する件

▼世の中には、一言言われれば誰でも気がつくが、言われるまではけっこう気づかない、もしくは、気づいても所詮ひとごとだからすぐ忘れてしまう、という類の大問題がある。

▼天皇家の将来について、「中央公論」の2019年5月号で、名古屋大学大学院准教授の河西秀哉氏(日本近現代史)がもっともな指摘をしていた。適宜改行。

〈皇后も含めて女性の負担も考えなくてはならないと思います。

今のままでは、悠仁親王と結婚する女性にものすごく精神的な負担が掛かることは目に見えている。

膨大な仕事をこなさなければならないうえに、子ども、しかも男の子を産まなければならない。そのようなプレッシャーを与え続け、女性に犠牲を払わせ続けなければならない制度のままでいいのかどうか。

▼〈今のままでは、悠仁親王と結婚する女性にものすごく精神的な負担が掛かることは目に見えている〉という指摘は、20年後には必ず惹起(じゃっき)している日本の大問題なのだが、これ、もしかしたら「だって好きで結婚するんでしょう?」とか言い出す人が、男だけでなく、女のなかにもいるかもしれない。美智子さま、雅子さまに対して行われてきた、そして今も行われている一部マスメディアの非道なバッシング商売に、今後はSNSという未知の暴力が加わる。

国家という擬制(ぎせい)を維持するために、一人の女性が想像を絶する犠牲を払い、一部のマスメディアや企業が儲けるーーこの、皇室をめぐる構造的な金儲けの問題に対して、日本社会は手をこまねいている状態だ。この商売の最大の消費者は日本国民だ。

▼また、〈「男の子でなくてもいい」「子供は産まなくてもいい」という話をしておかないと、制度として立ちゆかなくなるのではないでしょうか〉という河西氏の指摘に対しても、もしもこの議論が現実味を帯びてきたときには、猛烈な攻撃が加えられるだろうと想像される。

娘をもつ親なら、「もし自分の娘がその立場になったなら」という想像をすれば、この理不尽さがわかろうものだが、残念ながら「思想」というものは、そうした地に足のついた想像を簡単に踏みにじる強さをもつ。

▼河西氏の発言を受けて、東京大学先端科学技術センター助教の佐藤信氏(日本政治外交史)いわく。

僕より一回り若い学生を教えていると、「象徴天皇」の話をするとき、憲法学説の説明から始めなくてはなりません。皇室神道が残っていて、万世一系で、しかも男性で、さらにその人が「日本国民統合の象徴」と言われたときに、常人の感覚ではポンと腑に落ちない。女性も活躍する社会で、はたして今のまま国民の支持を維持していけるのか、不安定性があるのは確かです。〉

常人の感覚ではポンと腑に落ちない〉、つまり大方の日本人は常人ではない、ということなのだ。

▼そのうえで佐藤氏は二つの今後の選択肢を示す。

一つは、〈歴史的な経緯について一から教育し、「歴史的に重要な意味があるんだ」と正統性を掘り起こしていく〉

もう一つは、〈象徴天皇や皇位継承の原理がすんなりとは腑に落ちない新たな国民に納得できる形の象徴を作ることで正統性を担保していく〉

これから佐藤氏のいう「常人」たちが増えていくのだとすると、その「常人」たちが新しい伝統を考えていくのかもしれない。

▼以前書いたメモを思い出した。

日本政府がオウム真理教の死刑囚を集団処刑した理由は、「改元」という文化を一から説明して「日本では平成(HEISEI)という時代が終わるから彼らを集団処刑した」と言わなければ、まったく理解不能だ、という件だ。

たとえば日本に住んだことのない人から「なぜ一斉に処刑したのか」と問われた時、その理由を説明するためには、極めて特殊な「元号」や「改元」という風習、制度について、まず説明しなければならない。

▼この「中央公論」の企画は面白かったので、次号でも紹介する。

(2019年5月18日)

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?