木村草太氏の『AI時代の憲法論』を読む

▼2018年11月に毎日新聞出版から出た本で、副題は「人工知能に人権はあるか」。憲法学者の木村草太氏、人工知能の研究者である山川宏氏、元外交官で作家の佐藤優氏が語り合う一冊。

▼2部形式の第1部が「AIはトランプを選ぶのか 民主主義と憲法の未来像」、第2部が「AIに憲法は必要か」で、木村氏が中心になって、山川氏、佐藤氏の持ち味を存分に引き出している。とてもたくさんのテーマが詰まった一冊だ。

▼対談の妙が感じられて面白かったのが、「共謀罪」をめぐる木村氏と佐藤氏のやりとりだ。

「共謀罪」をめぐって2人は時間を置いて2回対談しているのだが、1回目に木村氏が最前線の指摘を披露する。具体的には、高山佳奈子氏の『共謀罪の何が問題か』(岩波ブックレット)に詳しい。

▼その指摘を受けて、佐藤氏が2回目の対談の際、木村氏の想定外の話に突っ込んでいく。

佐藤 今回のプロセスでわかったのは、国際法の解釈や運用については、日本の外務省が独断専行できてしまうということ。この点では、外務省は乱暴ですね。/さらに気になるのは、今後の警察の動きです。テロ対策はもちろんやりたいんだけど、オレオレ詐欺とか過激派対策とか、まだまだいろいろやりたいことはある。警察は、今回の法律に満足していないと思いますね。一番やりたいことがまだできないから。

 木村 一番やりたいこととは、盗聴ですか。

 佐藤 ただの盗聴ではなくて、行政傍受です。盗聴は、犯罪の嫌疑を認める司法の令状さえあれば、いまだってかなりできます。彼らは、司法に介入されずに、行政の判断で傍受する行政傍受をやりたいんですね。

 木村 それは駄目でしょう(笑)。憲法は21条2項で通信の秘密を保障していますから、犯罪の具体的な嫌疑もなしに、行政が自前で判断する行政傍受を正当化するロジックは、にわかには思いつきません。

 佐藤 いやいや、木村さん、憲法学者たちの間で、早いうちに警戒態勢をとっておかないとまずいですよ。知人のジャーナリストも、政府から行政傍受についてレクチャーしたいという申し出があったと言っていました。いまの政府が次にやるのは、行政傍受だと思います。

 2016年に施行された改正通信傍受法では、通信事業者の立ち合いがいらなくなり、警察施設など捜査機関内で傍受することも可能になった。警察官の立ち合いでは、傍受の監視にはなりません。泥棒が泥棒を監視するようなものですからね。

 ただ、ここまで緩和されても、警察はまだまだ足りないと思っている。テロやオレオレ詐欺のような機動性を有するものでは、令状をとっている間に相手が逃げてしまいますから。今回の共謀罪の審議でも、行間から、「行政傍受をやりたくてしようがない、これではまだまだ使い物にならない」という声が聞こえてきます。

 行政傍受ができるようになったら、何を盗聴しているかも全然わからなくなります。今回の共謀罪レベルじゃすまないぐらいに、市民生活に影響を与えるでしょう。行政傍受の議論が出てきたときに、どこまで防衛線をはれるか。そこは気がかりです。

 そういう意味では、木村さんが正しく総括されたように、共謀罪は雰囲気づくりだったと言えるでしょう。行政傍受をできるようにするための足場づくりです。〉(282-284頁)

▼「いやいや、木村さん」のところで思わず笑ってしまった。

▼ここから木村氏と佐藤氏は、国会で「何を言っても無駄」という空気をつくりあげた金田法務大臣の「功績」を高く評価し、官邸内に蔓延しているであろう「ナショナリズム教」を分析する。

佐藤氏の図抜けた「類比」の力を楽しめるのが、以下のくだり。

佐藤 レーニンは非常に優れた宗教的センスをもっていた人で、彼は『なにをなすべきか?』(大月書店)という本の中で、扇動=アジテーションと宣伝=プロパガンダを分けているんです。

 木村 どう違うのですか。

 佐藤 アジテーションは、多数の人に対して口頭で煽ることです。アジテーションにおいては、「共産主義は私の宗教だ」と言ってもかまわない。ともかく感情を掻き立てるのが重要ですから、例えば、「どこそこの工場でこんなひどいことが行われている」ということに焦点を当てる。

 これに対して、プロパガンダは、少数の政策決定者がインテリに対して、活字で説得することです。プロパガンダでは、「宗教は虚偽の意識である」ということをきちんと説明する。そして、観念的に社会構成の問題を強調して、「こうした悲惨な状況が生じるのは、個々の工場長が特別に悪いやつなのではなく、社会構成の問題だ」と説明する。

 こうやって、対象によって説明のしかたを変えるんです。

 この観点から見たとき、安倍政権はプロパガンダにはほとんど関心がないんです。すべてアジテーションで乗り切れると思っている(笑)。これに対して、政府に異議申し立てをする人たちは、プロパガンダで説得しようとする。しかし、政府はアジテーションで答えてきますから、永遠にかみ合わないんですね。

 木村 かみ合うとしたら、「安倍死ね」みたいなアジテーション合戦になってしまうと。

 佐藤 そう、そう。対極側もアジテーションになってしまうんです。いまは、アジテーション合戦になりつつあるわけですね。

 本来であれば、安倍政権を支える官僚たちは、論理や法理の力で政権の議論を支えないといけないんですけれども、ホモソーシャルな愛の世界にエネルギーを注入させられちゃっているので、アジテーションに走るんですね。

 木村 それは、官僚機構が弱くなっているということですか。

 佐藤 政治家が、官僚を弱くしちゃったんです。〉(303-304頁)

▼そうなってしまった原因は、安倍政権のおかげで広く知られるようになった、2014年に設置された「内閣人事局」にあるのだが、続きは本書を読めばくわしく書いてある。

▼「アジテーションとプロパガンダ」という補助線を引けば、たしかに、いまの国会審議の不毛さを印象論ではなく、論理的に説明できるような気がしてくる。

▼脱線部分ばかり紹介したが、3人が何を話し合ったのかは、ラストの木村氏による「総括」にスッキリ整理されているので便利だ。要点は「トランプ現象と信仰」「AIの自律性と統御性」「人間が特別である理由」の3つ。これらのキーワードが気になる人は、一度手に取ってみることをオススメする。

(2019年2月21日)

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