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『「いいね!」戦争』を読む(1)「ドナルド・トランプ」と「イスラム国」

▼インターネットって素晴らしいな、と思わせる記事が、2019年1月4日付の読売新聞に載っていた(安田龍郎記者)。「ネットの先に」という連載の1回目で、見出しは、

〈終わらぬ「闘病ブログ」/遺志継いだ 見知らぬ男女〉

大阪で暮らしていたヒロさんが、肺がんのステージ4を告知され、それから始めたブログが、ヒロさんが亡くなった後も、会ったこともない人々によって続き、ヒロさんの妻の香さんにとって、そのブログがとても価値のあるものになっている、という話だ。

〈みんなが夫に呼びかけてくれていた。夫は、そこでは生きていた。無理に忘れなくていい、と言ってもらえたようだった。(中略)歯科衛生士として働きつつ子育てする現実の世界と、夫が息づくブログの世界を行き来しながら、香さんは毎日を生きている。〉

同じ闘病ブログの話を、1月5日配信の日本経済新聞でも取り上げていた(玉岡宏隆記者)。どちらもいい記事だ。

▼さて、この闘病ブログを読めるインターネットの中で、世界規模でいったいどんなことが起きているのか。

この、誰もがなんとなく気になっているテーマを、とびきりの読みやすさで描き切った傑作がP・W・シンガー氏とエマーソン・T・ブルッキング氏の共著『「いいね!」戦争 兵器化するソーシャルメディア』だ。(NHK出版、小林由香利訳)

2019年6月24日段階では、まだカスタマーレビューが1件もない。これからたくさん書き込まれるだろう。

▼衝撃的な内容だったので、何回かに分けて気になったところを紹介したい。

テーマは〈いかにして新種のコミュニケーションが新種の戦争と化すか〉だ。(12頁)

▼この本の冒頭は、インターネットのソーシャルメディアがなければ絶対に成し得なかったことを成した、ある個人と、ある組織の話から始まる。

ドナルド・トランプ」と「イスラム国」だ。

どのような経緯で、前者はアメリカ合衆国大統領になり、後者はイラクの陸軍を壊滅させ、モスルを占領したのか。著者は最低限の分量で、必要な事実を、的確に、勢いよく書き込んでいる。

▼全編を通して、ツイッターやYouTubeやフェイスブックが、どれほどリアルな戦争と結びついているか、うんざりするほど理解できる。

なにしろ、インターネットでは、ソーシャルメディアに投稿された「イスラム国」の「聖戦主義者(ジハーディスト)」たちのタイムラインを、随時チェックすることができるわけだ。

その気になれば、実際に戦っている人間にメッセージを送ることも可能だった。ときには返信もあった。ISISの戦闘員までがソーシャルメディアの提供するフィードバックループに病みつきになった。〉(19頁)

▼言われてみれば「それは、そうなるよな」と思うが、言われなければ想像できない挿話を、ひとつ引用しておく。

〈実際の戦場とデジタルの戦場とが不気味なくらい近づく可能性もあった。

クルド系メディアのルダウは、撮影クルーを従軍させて前線に送り込んだだけではなかった。フェイスブック、ツイッター、YouTube上で大虐殺に「即時アクセス」できると約束し、すべてのライブ配信した。

ISISの車両が画面に向かって突っ込んできて爆死したとき、ルダウの記者が何とか立ち上がり、カメラマンの名前を叫びながら立ちこめる煙の中に飛び込んでいくのを、友人たちや家族だけでなく、何万人もの赤の他人も見つめた。

ライブのストリーム配信では絵文字ーー笑顔、しかめっ面、ハート、それに万国共通の「いいね!」のシンボルーーも使えたので、この動画の後には、感情を表す絵文字がインターネットにあふれた。

ほとんどの視聴者は記者が無事かどうかを心配し、黄色い絵文字の顔にショックが表れていた。記者が無事な姿を現すと、オンラインの絵文字は笑顔の波に変わった。

だが、笑顔の間にちらほらとしかめっ面が覗(のぞ)いていた。記者たちの死を願っていたISISの賛同者や戦闘員が投稿したものだった。〉(22-23頁)

念のため書いておくと、筆者は、上記の情報に、実際には触れないことをオススメする。心理的なストレスが強いし、何よりも、「触れる必要がない」からだ。

▼「兵器化するソーシャルメディア」という副題に、無数のファクト(事実)が詰まっている。そのなかから、特に気になったところを要約する。

本書は、インターネットに興味関心のある人にとって、つまりほとんどの日本人にとって、必読の一冊である。(つづく)

(2019年6月24日)

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