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平成から令和へ(デフラグ編)

楽しみにしていた。令和になる瞬間。
しかし、どのように過ごしたのかは覚えていない。

ただ、朝起きると段々と爽快な気持ちが戻ってきていた。
なぜなら、前日の記憶がちゃんと定着しているのだ。

5月1日には、4月30日のことを思い出せるようになっていた。

このnoteに書いているのは、4月28日以降の自分の録音をもとにしているのだが、そのようにして外部記憶に残したものについては、特に翌日朝、ちゃんと記憶に残っている。

断片化(フラグメンテーション)された記憶情報が、あちらこちらに保存されているのだが、朝になると少しはリンクが戻っているのだ。1か所が繋がると、その領域に入っている全く別の画像やら情報やらも繋がるから不思議だ。

睡眠は12時間以上とっている。夜10時から翌11時頃まで寝て、15時頃また昼寝をした。身体が疲れていることはないが、打撲した腰や背中が痛くて、熟睡できていないようだ。

だが、起きたときの脳のスッキリ感はあった。繋ぎ合わせというかパズルが戻った感覚が、もちろん局所的な記憶の戻りではあるが、少しはスッキリしているのだ。


デフラグされたのか。


つい、口に出てしまった。

デフラグとは、記憶装置のなかに断片的にある空き地を整理して、効率よくアクセスするよう並び替えをすること。整理整頓のようなもので、机の上に散りばめられたものを筆箱にいれて、机の端に並べたり、捨てたりすることで、机に空き地を確保するのである。


自分がデフラグされたのであれば、新しくできた広いスペースは気を付けて使わなければいけない。また筆箱から小さいものをあちこちに並べ始めたら、元の状態になってしまう。前から読もうとしていた本を置いたり、好きなカップにコーヒーを入れたりしたい。仕事も急ぎの小さなものより、重要な大きいものを空き地に置きたい。


記憶がないうちに
デフラグされてるうちに
世の中は令和へと移った。

楽しみにしていたカウントダウンも記憶がない。


右半身は痛むが、令和1日目は取り乱すことがなかった。と思う。
幸先いいスタートである。
冷静になってきた理由は、メタ認知だと思う。
自分に起きている状況を、コンピュータに例えて理解していくことで、冷静でいられる。


「今日は令和元年5月1日!」


平成から令和へ(フォン・ノイマン編)につづく。

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