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ビブリオグラファの復讐

 場に緊張が満ち、冬空に雷が走ったかとさえ錯覚された。
 男はスーツの内側から一枚の紙片を取り出した。薫はそこに書かれた文字を見てとる。
(あれは、古筆切……升形の素紙、仮名で歌二行、作者名あり、恐らく歌集、そして……あの独特の丸みを帯びた癖字は!?)

「気付いたようだな。『書肆古里』の一人娘は伊達ではないということか」
「その名はもう、捨てました。今の私は鈴木薫です」
「あいにく、我らは貴様を捨て置けん」

 男は古筆切を掲げる。

「分かっているなら話が早い。これは紛れもなく、定家筆古今集ーーその最初期の断簡だ」

(やはり……!)
 薫は息を呑んだ。国文学史上極めて重要な、藤原定家の筆になる『古今和歌集』写本。ただの一枚であっても、人ひとりを骨も残さず炎上させるに足るだろう。

「俺を恨めよ!」

 男は吼え、古筆切を天に掲げた。不可視の学術的インパクトが大気を揺らし、轟音と衝撃波が薫の身に迫る!

【続く】

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