南座新開場記念 京都ミライマツリ2019『神田松之丞講談会 in 南座』へ。

『京都ミライマツリ2019』の一環として行われた、神田松之丞さんの講談会。

花道から登場。いつもの丸まった背中が、大きく、山を背負うかのように見えた。小さく手を振りながら、南座の舞台へ。
松羽目に緋毛氈の高座、開口一番、真打昇進並びに伯山襲名の報告。拍手。襲名するんですが実は、◯之丞って名前がヤだった、その訳は先輩の…とこっからは、いつもの。その日のラジオでも話されていた。
八艘とびで、きゃりーぱみゅぱみゅさんにまでいつものが及びつつ、おなじみ『扇の的』。

中入り後の部は、木ノ下歌舞伎主宰・木ノ下裕一さんを補綴に迎えた『怪談乳房榎』と『中村仲蔵』。

『怪談乳房榎』は、重信殺しの後の、真与太郎の仇討ちまで。南座全体の照明をどんよりと落とし、本釣や滝音、幽霊のドロドロなど鳴り物を入れ、冷房を効かせ、50分ほどの口演。
『中村仲蔵』は、他の演者さんのと運びが違う、松之丞型とも言うべき『仲蔵』。師匠や女房は出さず、ひたすら仲蔵の胸中を、松之丞さんが演じる。

配られたリーフレットに掲載された、木ノ下さん自らによる補綴解説によると、

『乳房榎』は、
登場人物それぞれの"満たされない思い"を描くことに集約。
圓朝渾身の工夫である、四季を基とした江戸情緒の描写を強調。
題の由来になっている乳房榎の存在が希薄なので、乳房のイメージを各場に入れている。

そうで、

『仲蔵』こちらは、松之丞型が素晴らしい完成度なので、時代考証に留めた。

とのこと。

『乳房榎』を、重信殺しまでしか聴いたことがなかったので、仇討ちまで聴けて、嬉しかった。
木ノ下さん補綴版『乳房榎』で印象的だった、重信の最期。虚空を掴みながら倒れると、周りの叢にいた蛍が燃え立つように一斉に飛び立つ。なぜか金色に思えてしょうがなかった。
なぜこの時季に…、と思ったが、『怪談乳房榎』は歌舞伎にもなっており、中でも重信・正介・うわばみ三次の三役早替りが有名で、その、早替りの初演が、南座なので、それに因んだのかな、と勘ぐり。

では、『仲蔵』は何故か。南座。それもあるだろう。臨場感が違った。客席から見上げて聴く、仲蔵の定九郎初演の様子。松之丞さんの畳み掛け、締める語りに呆気に取られたのは、話の中の客と一体化したよう。「と、花道から…」と語られたら、木の床を踏む足音が聴こえそうな感じ。

でも。『仲蔵』、そして『乳房榎』を選んだ理由として、木ノ下さんを補綴に迎えたから、だと思いたい。

松之丞型の『仲蔵』に、長年芝居を見続けた老人が登場する。その老人が、仲蔵の工夫の原動力は、
「今を、どう面白くするか」
だと、語る。これは誤認かも知れない。老人の、或いは、わたくしの。

しかし、木ノ下歌舞伎でなされているお仕事「古典演目の現代劇化」、そしてそこに惹かれて、松之丞さんが木ノ下さんを"同志"と呼ばれていること。
初代仲蔵、圓朝と、共通するものが見える。今をどうするか。
未来へ繋ぐため、よりも、今をどう面白くするか、を木ノ下歌舞伎の公演や松之丞さんの高座に感じる。

松之丞さんが『仲蔵』で語りたいであろうことを充分に汲み取り、尚且つ、我が意を得たり、の思いから、松之丞型『仲蔵』に補綴を加えなかったのだろう、と思う。同志、だからこそ。

話は飛ぶが、シミ抜き、というお仕事は、仕事が残ってはいけないそうな。シミ抜きした箇所に一切気がつかないように、周囲に溶け込ませないといけないらしい。「仕事しました!」が見えたら、失敗だそうだ。
補綴も、そうかもしれない。