タバコと少女とバス停と


真夏日。夏の真っ盛り。照りつける日差しにうんざりしつつ、一歩後ろに下がりバス停屋根の下、日陰へと戻る。
ど田舎のバス停、人の気配など感じられず、聴こえるのは蝉の声のみ。
空を駆け上がる入道雲に見下ろされ、俺はタバコを吸っていた。
なぜよりによってこんな日に外にいるのか、ど田舎のバス停にいなければいけないのか。嘆きたくもなるが、少し風が吹いているのと、都会の喧騒を抜けて久しぶりの帰省なので、案外心は平穏だ。
チリチリと小さな音をたてタバコが短くなる。
消して、新しいタバコに火をつけようとしたところでそれに気が付いた。
「おぁ…」
いつの間にか、隣には女の子。
歳は、まだ十代半ばというところだろうか。ベタにも白いワンピースと、長い黒髪の上にはつばの長い麦わら帽子ときた。
まるでどこかのアニメから抜け出してきたよう。
俺の視線に気付いたのか、少女はこちらを向いて微笑みかける。
「こんにちは」
と。
「あ…えっと、こんにちは…」
人と会話するのが下手なわけでも苦手なわけでもない。
むしろ得意なのだが、不意を突かれるとどうにも弱い。
しかし、人が来た様子など無かったのに。
「こんな真夏日にどこへ行くの?」
視線は景色の向こう、少女がそんなことを聞いてくる。
「あぁ、少し用事があってね」
「バス、もうすぐ来るの?」
「時刻表通りなら、な」
そう言って、吸おうとしていたタバコを元に戻す。
「タバコでも吸って、もう一本バス遅らせればいいのに」
俺のポケットを見つめ、少し膨れ顔した少女がそう言う。
「それは、私の話相手をしてってことか?」
「そういうわけじゃないけど…」
つん、そんな感じで視線はまた景色の向こう。
なんだろう、この感じどこかで。
「前に会ったことあるか?」
ふと浮かんだ疑問を投げてみる。
しかし少女は無言のまま。
どうしたものか、そう考えてる間にバスはやってきた。
蝉の声を上書きしながら、エンジンの走行音が近づき、やがて扉を開ける。
「じゃあな、熱中症になるなよ」
そう言ってバスに乗り込む。
背を向けた時、背中にかすかな違和感。
振り返ると、少女が俺のシャツの端を掴んで立っていた。
「ほんとに乗っちゃうの?」
「んん…まぁ、これに乗らないとな」
「わかった…助けてあげる…」
「助け…? まぁ、なんだ、またな」
そう言いながらバスに乗り込む。
少し冷たかったか?と思うのも今更、座ると同時にバスは動き出した。
窓の外からバス停を見る。
そこに少女の姿はなかった。

延々と続く現風景、どこまでも田んぼと山。
それらを少し抜け、山道なったところでそれは起きた。
突然、車内につたわる大きな振動。
衝撃と共に座席から俺は飛ばされ窓にぶつかる。
揺れ動く社内、落下していく感覚。
崖から落ちたのか。
そう思ったその時が思考の最後だった。

うだるような暑さを感じ目を開ける。
視界に映るのはバス停の時刻表。
「なんだ…?」
おかしい。
俺は死んだのではなかったのか。
山道、崖から落ちたバスに乗り合わせていた俺はそのまま…。
「起きた?」
隣から聞き覚えのある声。
少女だ。
「どうなってんだ…?」
「さぁね」
ひひひ、と無邪気な笑顔で立ち上がる少女。
「タバコ、吸ってね」
そう言って、彼女はバス停を離れようとする。
「あ、おい…」
そう言いかけた時にはもう少女の姿はなかった。
同時に、バスの走行音が聞こえてくる。
一体何が起きているのか、理解するにはまだ俺の脳内は起きられてはおらず、呆然とするしかない。
目の前で開くバスの扉。このバスは…、そう思い出す。乗ろうかどうするべきか迷っていると、乗る気配がないと思った運転手は早々に扉を閉めて走り出してしまった。
遠くなっていくバスを見送りつつタバコに火を付ける。
煙は、入道雲のように空を駆け上がっていった。

「ばあちゃん、久しぶりだな」
そう言いつつ、墓石に水をかけて花を添える。
脳裏に浮かぶのは祖母との思い出、昔の家。
微笑ましく、懐かしい幼少期の記憶。
そういえば、祖母も遠くを見ながら話す癖があったな。などと考えていると背後に人の気配。
振り向けば、先程の少女だった。
「お前…」
「や、無事だったんだね」
手を後ろに組み、にひひと少女。
「お前はなんなんだ?」
「んーとね」
額に指先を当て、考える素振りを見せる。
「まぁ、いいじゃん。」
そう言って、駆け出した少女は墓石の隣に並ぶ。
「墓参り、来てくれてありがとね、淳ちゃん」
つかのま、線香の煙のように少女の姿は消えていった。
「は…、あ、えぇ……」
一連の出来事に付いていけず、少女の消えた先を見つめる。
その呼び方をするのは。
「ばあちゃんかよ…マジかよ…」
座り込み、笑いと安堵がこみ上げてくる。
こみ上げてくるのはそれだけではなく、もう少し話していたかったと、そんな切ない感情だった。

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