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この年の瀬にもあのドアに


茶色のエコバッグを持った焦げ茶色の小さな背中が、古いアルミのドアを開けて入っていったのは、私が昔付き合っていた男の子が住んでいた学生向けアパートの一室だった。

ドアの向こう側の造りは今でも覚えている。
靴を脱いで入ったすぐ左に、シャワーとトイレと洗面台が一緒で風呂桶のないバスルームがあって、右側に小さなキッチン。その奥の6畳ほどの部屋には、1間に満たない押入れがついている。ベランダは南向きで、餌をやっていたら野良猫が入ってくるようになる。

あの背中の感じからすると、おそらく母と同世代、70代後半ぐらいだろう。その年齢の女性がひとり、築40年前後の学生向けアパートに住んでいるということに少なからず衝撃を受けているはずなのに、あれは私の四半世紀後の姿としてあり得るなぁと思った途端、どうしてだか心がなだらかになった。もし生きてしまったのなら、こうして生きていってもいいのだ。

ドアスコープの辺りに何かぶら下がっているものがあった。もしや・・・と近づいてみると、それは今風の小さなしめ縄飾りだった。
剥き出しの配管が這う壁に殺風景なドアが並ぶ中、その部屋には新年を迎える用意がされていた。

2019年の年末に見かけたそのしめ縄飾りは、年明けの1月の終わりにもまだあった。あの後どうなっただろうか。この年の瀬にもあのドアに、新しいしめ縄飾りがあってほしい。

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