人はどこで死ぬのか?

『「子供を殺してください」という親たち』という漫画を5巻まで読んだ。
精神障害者の子供とその親達を描いたノンフィクション漫画である。内容ははてなく凄惨なものであるので読むことはあまり推奨しない。

オムニバス形式であるが、一際痛烈だったエピソードがあった。「史上最悪のメリークリスマス」だ。原作の押川氏も印象に残った仕事だった振り返るほどのものだ。

概要は精神疾患を発症した女性が10年間一人でひきこもっており、そこに突入したという話だ。
部屋は一面ティッシュ溢れかえり、糞尿もそれらで始末してあった。汚物は床を貫通して一軒下の部屋にも滴っているほどであった。
女性は会話もできず、そのまま然るべきところに移送された、という話だ。

女性がこうなってしまったのには様々な背景があったのだが、それは省略する。

まず抱いた感想は「可哀想」であった。もはやそれしか抱けず、頭の中がぐるぐるし気分が悪くなってしまった。
しばらくたって落ち着いたあとこのエピソードを再度振り返っていると、ふと奇妙な感覚に襲われた。

彼女はなぜ死ななかったのか?

考えてみた。10年間糞尿滴る部屋に住み、なにもせず生きるということを。生きる意味なんて皆目見当たらない。精神疾患の彼女には娯楽もなかったろうに、ただ無意味に劣悪な環境で10年間生きて抜いたのである。

自死を考えてしまうことはふとある。私の場合は、最終的にそれが人のために役になっていないと考え、ならば生きている意味もないという帰結になる。
だが本エピソードは全くこれと矛盾するではないか。

もしかしたら自死の考えというのは本来人には無いもので、承認欲求などのなにかの裏返しの際にふと湧き出るのかもしれない。

他人のために生きるのではなく、自分のために生きるようにしよう。

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