ラーメン二郎の衝撃

2023年4月23日現在、ラーメン屋の夢を語れ 埼玉店が炎上している。詳細は省くが、二郎系ラーメンに関する炎上は時折発生している。多くは店と客のいざこざであり、ラーメン店以前に接客業として在り方が問われるところだ。

自分がラーメン二郎と出会ったのは7年ほど前だ。ライブのため東京に着き、飯を探していたところラーメン二郎という選択肢が思い浮かんだ。もともと福岡出身でラーメンという食べ物が身近であり、ラーメン二郎の存在も知っていた。
しかし今思い返せば、当時のラーメン二郎の評判は良くなかった。汚いデカ盛り・理解しがたい注文・見えないルールが今以上に誇張され、とてもじゃないが圏外の初見が入店できる雰囲気ではなかった。

それでも二郎に興味があったのは、であった。「東京に馬鹿でかいラーメンがあり、いつも長蛇の列」という情報しかなく、味の情報が皆無だったのである。
デカ盛りだけじゃそんな行列できないだろうと思い、その味を確かめるべく意を決して店舗へ向かった。

向かったのは歌舞伎町店だ。噂の通りのピリついた空気だ。客は一言も会話していない。店内BGMもない。一番驚かされたのは席順だ。カウンターのみの構成で、連れがいても関係なしに一人ずつ空いたところに着席を要求されていた。
順番がきて着席。コールはたしか野菜をマシにしただけの記憶があり、着丼。早速一口頂く。

「は~~~???」

「こんなのありなのか!!!???」


まさに衝撃だった。一口でわかった「これは食べてはいけない食べ物」だと。ラーメンどころか料理の常識を覆された。明らかに食ったら死ぬだろうという味付けがされている。
しかしこのラーメンからは強く感じる「これがおれのラーメンなんだ!」
今までなんとぬるいラーメンに出会っていたのだろう。うまいまずいの以前に、料理に作り手の意志が込められているかどうかという基準が新に生まれてしまった。
その後完食し退店。以後はいろいろなラーメンを食べるようになった。

二郎ラーメンは主張の強い料理だ。起源である山田総帥は二郎系インスパイアをいい方向に受け止めていない。その理由がまた面白く。味のパクリで怒っているわけでなく「なにが二郎だよ。自分のラーメン屋なんだから自分の味で勝負しろよ」と語っている。
だがその主張がずれた方向にいくことがある。あくまでそれはラーメンの中だけにし、それ以外の接客に関してはお客に寄り添うな形であって欲しい。

ラーメンに関しては常に色々な好みがあり、感想がある。自分にとってうまいもしくはまずいという基準と、作り手の意思をどれだけ感じるか?という基準も増やしてみると、食べ巡りがまた一つ面白くなるかもしれない。

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