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ギター女子は“カネコアヤノ”によって終わりを迎える

1.前書き

初めて僕の文章を読んでくれた方、そしてまた読んでくれた方、全ての人達こんばんは。(夜の仮定に於いて)前回の記事に当たる、「日本人は大して音楽が好きではないのかもしれない」が思いのほか大反響をいただき、改めて自分の音楽観を再認識するきっかけになった。改めて、感謝を。

また一刻も早く新しい記事を作らなければという衝動にもかられた。理由はわからないけれど。今回はタイトルにこそアーティストにフォーカスが当たっているものの前回の続きといって差し支えあるまい。

そして、最後に前回の反省を生かしきれず、またナルティシズムにまみれた文章になってしまったことを重ね重ねお詫び申し上げたい。(前回本文をほめていただいた方は一定数いたが、前書きをほめていただいた方は限りなく少ない、すなわち0人であったことは言うまでもない)

2.タイトルの経緯と希望的観測

僕がインスタグラムで最初にやった「2018年マイベストトラック」という企画で、カネコアヤノの「恋しい日々」を取り上げさせていただいたんですよ。

それでほかの曲はかなり言いたいことは言いきれたんですけど、カネコアヤノの事だけはずっと心に残り続けていて。後悔に似ている感情かもしれません。とにかく話したいことがいっぱいあるんですよ(笑)それでやっと今回、書けるなって。気持ちの整理がついた感じです。今。

それには、カネコアヤノの音源とかインタビュー、PV・ライブ映像をできるだけたくさん見る必要があって。で、コンセプトはもともと今までの女性シンガーソングライターとは違うスタンス的な趣旨にしたかったんだけど、カネコさんはかわいいとか女子の枠で自分が語られるのを散々嫌がっているんですよ。それがどのインタビューでも大体出てくる。だから相当嫌なんだと思います。僕も同じく、創作面において、性の違いというのはどうでもいい、良いものが良いという考えです。

でも、アイドルが出てきて以来、女性シンガーソングライターまで“アイドル的”見方をする人が多かれ少なかれ出てきました。その最たる例が、「ギター女子」ですね。多分この系統で語られるのを喜ぶ人はいないと思うけど、その初期がYUIで、miwaや大原櫻子、家入レオと続いていきます。(マスメディアが言うに)

でね、僕これ大嫌いで(笑)ギター男子という言葉があるならいいんだけどー無理やり当てはめるなら、ゆずとかたぶんそうなんだけどー彼らは“アーティスト”の枠組みで語られている。これは、もうアイドルと女性シンガーソングライターが混同している気がしてすごいショックだった。

でも、あいみょんあたりから風向きというか世間の目が変わってきました、というのもあいみょんの歌詞って中性的なんですよね。性別関係なく、曲を楽しめる。だからあいみょんのことをギター女子って言う人はあまりいないわけです。これをさらに推し進めて「ギター女子」という言葉を終わらせてくれるであろうキーマンがカネコアヤノなわけです。

だから、タイトルから少し悲観的な感じ出ているけど、ハッピーですよとても(笑)

以下、参考になったインタビューの抜粋と引用。

カネコ:うーん……制作したものに対して、「かわいい」って言われるのはちょっと抵抗があって。「かわいい」より「かっこいい」って思われたいんです。小さいときからそういうところがあって、一時期スカートが履けなくなったり、女の子でいるのが超嫌だった時期もあって。制作したものに対して男と女で比べられるのがすごく嫌で、「かわいい」って言われると、舐められてると思っちゃう。別にワンピースは好きだし、髪も伸ばしてるし、「しなやかに歌いたい」って思うんですけど、創作としての評価に男女は関係ないじゃんって感じていて。特に音楽はそうみられることが多い気がして……「女だからって絶対負けたくない!」って思うんです。これから先はそれも素直に受け入れた方がいいのかもしれないけど、今はまだそう思えないんですよね。



3.整理の必然性

じゃあ、何が今までの女性アーティストと違うんだよというツッコミが聞こえてくるので(笑)簡単にまとめてみました。

①“カネコアヤノ”という刹那的バンド

②アルバムで聴かせる意義

③歌詞ではなく“詩”という表現

それでは、1つずつ見てきましょうか、

4.カネコアヤノというバンド、またそれがもたらす刹那的サウンド

ここでは、①の話をします。カネコアヤノをバンドと表現したのに違和感がある人がいるかもしれないですね、まず、カネコアヤノにはソロでする弾き語りとバンドメンバーと一緒にやるバンドセットがあるんです。

前者は他のシンガーソングライターでもやりますよね。で、ポイントは後者。シンガーソングライターの曲は大体プロデューサーが共同制作して、アレンジという作業があるんですけど、カネコアヤノはバンドメンバーに弾き語り音源を渡して、バンドメンバーでアレンジもしちゃうんですよ。それってもうバンドじゃん!って。あったようでかなり革新的。

でも、そこがまた面白いところで。ドラムの方は今2代目なんですけど、メンバーが変わってもカネコアヤノというアーティストは残り続けてる。バンドだったらメンバーが脱退すると、そのバンドは解散という場合も多いけど、あくまでソロなのでそういうことが無いわけです。で、それが1種の緊張感、刹那的サウンドを生み出してるんです。いつメンバーが変わってもおかしくないというのは下手なたとえだけども1年たったらいくら仲が良くてもクラスが変わってしまう一期一会の学生生活のようなものかもしれません。

以下、参考になったインタビューの抜粋と引用。

─何か、ボン・ジョビとかヴァン・ヘイレンみたいに、カネコアヤノっていう名前のバンドみたいですね(笑)「そうそう、本当にそういう気持ちでやってます。『祝祭』に関してよく“バンド感があって”って言われますけど、“バンド感じゃなくてバンドなんですよ!ってすごい思う(笑)。私以外の3人のメンバーものめり込んでやってくれてる感じがあったから、私もそうだと思っているし」

5.古いは新しい、新しいは古い、その錯誤性について

②は①の延長線にある話ですけども。ソロアーティストの曲は曲によってプロデューサー・アレンジャーが違うから、ごちゃごちゃしがちで、単曲はいいんだけど、アルバム通して聴くと疲れちゃうことが多くて。それに対し、カネコアヤノは先程も言った通り、同じバンドなのでとにかくアルバム単位で聴けるし、カネコアヤノという世界観を十二分に満喫することができるんです!短編映画を観ているようだというコメントもよく見かけるんだけども、うまい例えだなって思います(笑)

サブスクリプション(Apple MusicとかSpotifyとかね)の登場で、アルバム単位で曲を聴くより、好きな曲を集めてプレイリストにして聴く人がかなり多いです、今。(僕も時間がないとそうなるけども)だからかアルバムで聴いていても、曲間のつながりがなかったり、全体のバランスが悪かったりするんですよね。(売れ線ばかり入れるから)

それがカネコアヤノのアルバムには一切ない。言ってみれば、ちょっと古いことをやっているんです。(レコードとかカセットの販売とか、この間はCD・配信なしのレコード販売オンリーというかなりロックなことをしていました!)それが現代のデジタル至上主義のカウンターカルチャーとして機能して、とにかく心地いい。身近な音楽、よき友達の様な感じがします。

6.詩的表現はリスナーの心に響くのだろうか

先日、友人のススメでRADWIMPSの「そっけない」を聴いたんですね。

なるほど。今は狭い、できるだけ限定的な歌詞の方がリスナーの心をつかんで、共感を呼ぶのかと思いました。

じゃあ、カネコアヤノはどうか。彼女が紡ぐ言葉は抽象と具体の間くらいの、歌詞というより詩という方が正しいような言葉です。だから一見ストーリー性もそこまでない。かといってもナンセンスまでもいかない、みたいな。バランスがいいんです。それはもう言語化できない、感覚的なところで。ぜひ、聴いて体感してほしいです。

ここまでの話をまとめるとバランスがとてもいいアーティストなんですよね、とてもギリギリのバランスを上手く保っている。さっきも言ったけど、“刹那的”という言葉が似合います。問題は歌詞に重きが置かれている日本音楽シーンで彼女の詩的表現が響くのかどうか。

答えは明快で、響くんです、絶対に。本人もキーワードを意識して入れているとおしゃっていましたが、例えばマイフェイヴァリットソングである「恋しい日々」の一節がこれです。

恋しい日々を抱きしめて花瓶に花を刺さなくちゃ部屋の電気をつけなくちゃ明日の目覚ましかけなくちゃ


一曲に必ず一個はグッとくる歌詞があるのってすごいって言葉しかでてこないですよ、(笑)

7.寄り道から元の道に戻ろう

最初はみなさん、カネコアヤノって今までのギター女子と何が違うんだろうと思っていたと思います。でも途中から、なんか話ずれてんな?みたいな風になったはずです。こいつ、ただのファンじゃねえかって(笑)
僕もここまで書いてきてそう思ったんだけど、ギター女子を終わらせる存在というより、アーティストとして最前線に居る存在なんですよ。なるべく、客観的に書いたつもりだけど、そういうことが言いたいです、僕(笑)

このままだとカネコアヤノのススメみたいなタイトルになるから、急いで話を戻します(笑)前回の記事で僕は日本音楽シーンはターニングポイントを迎えていると述べました。それで、その具体例を描きたかったというのが今回の目的で。

ターニングポイントを具体的に言えば、
「悪しき音楽文化の崩壊」です。

例えばボーカロイドがでた当時、アニメファンと音楽ファンとの間でコンテクストが混同して、結果ボーカロイドが音楽ファンから批判されていた時代がありました。でも、米津玄師というボカロP出身のアーティストの人気により、いかにボーカロイドが正しく音楽として機能しているものだと世に知らしめたわけです。

じゃあ次はなにか。ギター女子という括りをなくしてくれるカネコアヤノでしょ!ってなったんですね。もうギター女子という言葉は必要ないわけです。

こじつけのような感じもしますけど、僕に異論・反論など(もちろんプラスのものでも!)していただければ幸いでございます。
そして、カネコアヤノの音楽が多くの人に届いてほしいと切に願っている次第であります。

8.あとがきを展望に変えて

今回はかなりまとめるのが大変でした。まだまだ自分の力不足だなと。

ここまで読んでいただき、ありがとうございます。ここでは今後の展望を少しだけ述べたいです。宣伝かよって(笑)

うーん、どこまで言えばいいか、言っちゃえ、若手アーティストたちと何かしていきます。言語を使って。まだ決まっていないことだらけだけども。(最悪、消えます(笑))

そのためにはお金がない!(笑)

でも自分が作った記事は無料で出していきたい(というかタダでも読んでいただけるだけで至極うれしい)わけです。

だからパソコン版なら下にサポートをするボタンがございますのでご協力を、、!というとても切実な叫びで今回は締めます(笑)

企画は後日、詳細の記事を出すので
お楽しみに~



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オヤマダ(45)

大学生。ライターもしてたりします。連載: 僕らの音楽を言語化してみようか (https://gakusei-kichi.com/?p=44377) もよろしくお願いします。
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