沈丁花も咲いていることですし②


強い雨が窓を打ち付ける音で目が覚めた
となりには大村
部屋の中がいやに湿っぽい
大村を起こさぬようにそっとベッドから起き上がる
開けたままになっていた窓から雨が吹き込んでいた
畳も壁も水浸しになっている
そこらへんに落ちていたタオルを拾って軽く拭いておく
冷蔵庫から冷たい飲み物を出してきて、コップに一杯、一息に飲む
前日に飲んだお酒のせいでびっくりするくらい喉が乾いていた
静かに部屋を片付ける
前日の設計課題の提出まで、忙しさのあまり、部屋の中は猖獗を極めていた。
提出後には恒例の打ち上げ。
大学内でお酒を堂々と飲める滅多にない機会と、設計課題中にたまったフラストレーション、禁酒の日々、徹夜続きの疲労が極限に達した身体、そんなものの鬱憤を晴らすように学生たちはひたすら飲む。

大村と私は模型を持って帰ってきた。
2人で。
3人で組んでいたのだが、一人がいつの間にか逃亡したため、私たちが二往復するはめになった。
大村はゆっくり歩く。
逃亡した松岡は速い。
私は一緒にいた人にあわせる。
帰り道は大村と2人、ゆっくり歩いて帰ってきた。
水城先生の言葉に泣きそうになりながら。
全体講評の後、廣野さんも何か話せばよかったのに、一言でも、といわれて、すでに一度トイレで泣いてしまっていたのだけど。
大村と松岡は優秀な建築学生だ。
私は大村に
そのすごい俺に、何かあるって思わせるんだから、自信を持ちなよ
となぐさめられたけれども
ただ泣きたくてしょうがなかった

お台場デートしよう
したことないから
それか、DVDデートしよう
また泣かないでね
泣いちゃうかも
全体講評おめでとう
悔しい
大村も松岡も優秀で
私は2人にのっかった感しかない
松岡は大村のこと好きすぎるし
私は終盤
疎外感しか感じなかった
大村は優しくて
模型上手くなったね
とか
褒めてくれたのだけど
それもまた自分が大人げないようで
悲しかった
華絵の忘れ物を持って
大村の家にいって
眠くて
紫さんと清里から
百香亭にいるからと
電話もメールも何度もきて
私はそれを無視して大村と寝ていた
ベッドで
手をつないで
ずっと触れていたくて
自分がそんなことを思うの初めてだった
帰るね
そう言って
静かにベッドを抜け出そうとして
キスをしたら寝ていた大村が目を覚ました
起きてたの?
ううん、キスされて目が覚めた
帰っちゃうの?帰らないでよ。
私が、ずっと言われたかったことば
言われたときは忘れてたけど
私はこの人に、ずっとこの言葉を言われたいと思っていた
耳も、唇も、胸も
触れられていることが気持ちよくて
わたしもずっと大村を感じていたかった
彼女の話をされると苦しくて
バイト先の女の子の話をされると辛くて
ねえ、私はあなたの何者にもなれないの?
だけどこの課題中に悟ったの
生温い、だけど、不愉快ではない風が緩やかに流れる昼下がり
大村の家で2人で他愛ないおしゃべりをしている時に
ああ、この人は、彼女と別れるつもりはないし
もし別れたとして
私と付き合う気は一切ないな、と
気付いた瞬間に気が楽になって
もちろん寂しかったし悲しかったのだけど
清々しい気持ちになってしまった。

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