刑の一部執行猶予について

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第1 はじめに

 刑の一部執行猶予制度が始まってから1年と少しが経とうとしています。私も,自身が弁護人となった事件で,刑の一部執行猶予「狙い」で,もらえた事件ともらえなかった事件があります。

 そこで,現段階での刑の一部執行猶予に対する私の考えを述べてみます。わずか数件の経験に基づくものであるため,あくまで試論である上,諸先生方のご指導をいただきたいという趣旨であることをお断りしておきます。

 それでは,よろしくお願いいたします。

第2 刑の全部執行猶予と刑の一部執行猶予の両立

 刑の全部執行猶予(以下「全部猶予」という)と刑の一部執行猶予(以下「一部猶予」という)は両立するのか。これは,どのような弁論を行うかに影響を及ぼしますし,「弁論を踏まえて弁護する」という考え方によれば,どのような公判弁護をするかに直結するということになります。

 なお,本記事は,公判弁護を行う同業者向けを念頭に置いていますので,基本的な概念の解説は割愛することとします。

 「全部猶予=再犯可能性がない」「一部猶予=再犯可能性があるが社会内での更生が重視されるべき」という考え方に立てば,全部猶予と一部猶予は両立しないということになります。

 一部猶予は全部猶予と実刑の間ではないという考え方に立った場合は,だから両立しないという考えもできるし,だから両立するのだという考えもありえます。

 裁判官の中には,「両立しない」という考え方に立つ人もいて,そしてそれが実は多数派ではないかと思っていますが,弁論の後に,弁護人に「両立しない」と明言した上で「仮に再犯可能性があるとしても,一部猶予というご意見でいいですか」と聞いていらした方もいました(私の担当事件ではない)。

 全部と一部の両立。これは「全部猶予狙いではあるが,もしかしたら実刑かも知れない。その場合は一部猶予狙い。」というシビアな事案の場合に考えるべきテーマということになりますが,一部猶予の要件と実際の運用を考えると,実はどうでもいいんかなと思います。

 過日,どこかの報道で,一部猶予は薬物事犯で積極的に採用され,それ以外の犯罪ではそんなにないというものがありました。これは,薬物事犯ではない事件では,一部猶予になるための「前科要件」が非常に厳しいので,使いにくいのに対し,薬物事犯ではこの要件がないので,薬物事犯では積極的な運用がなされていると見るべきです。

 そして,薬物事犯では,全部猶予狙いにするか,一部猶予狙いにするか,それも無理かは,戦略を立てやすいので,結局のところ「全部,無理なら一部」という組立をする場合は,少ないのではないでしょうか。

 それに対して,薬物事犯以外では,前科要件に照らして,「全部,無理なら一部」というのは,前科のないオレオレ詐欺などの「一発実刑アリだけど,3年以下」とか「再度の全部狙いだけど,実刑なら一部猶予」という,ある意味,レアケース(でもないが)の場合に限られることとなります。

 そうすると,「全部猶予,無理なら一部猶予」という戦略の組立をする必要はないともいえます。

第3 一部猶予における情状弁護1~被告人質問以外

 私は,今後はともかく,薬物事犯でしか一部猶予「狙い」をしたことがないので,薬物事犯に限った話をします。

 被告人質問を除く一部猶予の情状弁護は,全部猶予狙いの場合と同じです。また,私は,「猶予でも実刑でも情状弁護は同じ」と考えるので,結局のところ「いつもと同じ情状弁護」をすればよいということになります。

 ただ,一部猶予狙いであれば,必ず行わなければならない情状弁護があると考えています。それは「ガラ受けの確保」「就労先のメド」の2点です。

 一部猶予は「刑を短くして,社会に戻し,社会内で更生をすることが重要」というものですので,社会内に戻ってフラフラ遊んでもらっては困ります。したがって,刑務所から帰ってきてからどういう生活をするかという点が重要です。

 情状弁護においても,ここを最重要課題とすべきなのは当然です。

 これは全部猶予でも同じでしょうが,「家も仕事もないけど全部猶予」ということはあり得るのに対し,「家も仕事も全然メドついてないけど一部猶予」というのは,リスクが高いように思います。

 ガラ受けは,いつものとおり,配偶者,親,兄弟がよいでしょう。就労先の確保と相俟って,雇用主「も」ガラ受けにするという方法もよいでしょう。

 就労先の確保は,刑務所に2年前後つとめてからの話なので,確保の程度という問題がありますが,少なくともビジョンは示さなければならないでしょう(その意味では被告人質問でカバーするべき場合もあります)。

 これ以外に,薬物断絶への取組みは,保釈がきいている場合は非常に重要であると思いますが,一部猶予(や全部猶予)をもらうために断薬を試みるというのは本末転倒であって,ここで強く述べることは控えます。

第4 一部猶予における情状弁護2~被告人質問

 薬物事犯において一部猶予を求める場合,被告人質問が非常に重要です。

 後に述べる私の一部猶予1号事件において,通常の被告人質問を終え,弁論で(突然)一部猶予を希望する旨の意見を述べたところ,裁判官が,被告人質問の補充をしたいと仰いました。

 裁判官は,「弁護人が一部猶予を求めるので」と断りつつ補充質問をされたのであるが,要するに,これは「一部猶予を求める場合に聞かれるべき質問」ということになるのではないかと考え,その後,実践しているものです。

 まず,被告人が,一部猶予の制度とは何か知っているかということです。次に,一部猶予制度は被告人にとって,何もかもが有利な仕組みではないということを分かっているのかです。そして,被告人にとって不利な場面を受け入れられるかということです。

 この3点は必ず聞かれなければなりません。なお,当然ですが,通常の情状弁護,量刑を軽くしてもらう方向の被告人質問は通常とおり行われなければなりません。

 一般論ばかりでは分かりにくいので,私の使うモデルケースを示します。

 B:今回ね,私は,一部執行猶予をお願いしようと思うんですが,制度については知っていますか。

 A:はい,刑の一部分だけ執行猶予になって早く出て来れるという仕組みと聞いています。

 B: 早く出て来ると言ってもね,保護観察はつくし,その間,毎月かどうかはともかく,簡易尿検査もあるし,あなたにとって良いことばかりではないんだけど,それは分かってますか。

 A:はい,私はそれの方がいいです。毎月尿検査を受ければ,止める一つの手助けになりますし,それぐらい私は止める決意をしているのです。

 極端に端折っているので,参考にならないかも知れませんが,被告人質問にこの部分が必要であるということです。被告人質問の長さによって,もう少しオープンクエスチョンにしている場合もあるが,こんな感じです。

第5 一部猶予になった事例

 私がこれまで一部猶予になった事例は2件ですが,事例は以下の通りです。

【事例①】

 出所後まもなくして覚せい剤を使用し,職質。任意同行の上,尿検査。その後,家に帰されるものの,しばらくして通常逮捕。認めて起訴後公判前に保釈されたが,保釈中に再度使用し,再逮捕及び追起訴。

 「この件で一部猶予になるのであれば全部なるんじゃないか」と思うような事例ですが,母親の真摯な監督,覚せい剤の使用の経緯に酌量の余地がないではないこと,本人に高い稼働能力があること,断薬への強い姿勢などが評価されて一部猶予になったと考えています。

【事例②】

 全部猶予中の再犯。使用所持であるが,所持は使用の残り。

 この件は,一部執行猶予になりやすり事案です。父親の真摯な監督,就労の意思,断薬に向けての取組が評価されたと考えていますが,この件は「これでならないなら,なる事案ない」という事案です。このような事例では,積極的に一部猶予を求めて行くべきです。

第6 一部猶予にならなかった事例

 一部猶予を求めたが認められなかった事例を紹介しておきます。なお,一部猶予にならなかった事例を集めることこそ,弁護人にとって有用な情報となるので,弁護士会は統計を取っていくべきです。国選弁護費用からピンハネしてんだからさ(以下割愛)。

【事例①】

 前科が多すぎて,本刑が3年4月になってしまった事例。

 一部猶予において,求刑が3年を優に超える場合に,3年に下げて,かつ,一部猶予をつけてくれるという場合があるのでしょうか。

 これは全部猶予でも同じテーマがありますが,一部猶予ではどうなのでしょう。

 本件は,完全に認め事件であり,稼働能力も高く,父親の真摯な監督,雇い主の出廷,断薬プログラムへの参加など,フルで情状を揃えたので,前科が多すぎたとしか言いようがない事案です。

 ただ,求刑が5年で,判決が3年4月(未決60日)だから,情状弁護としては頑張った方だとは思ってはいますが,やはり前科が多いのは一部猶予狙いには厳しい。

 一審判決では「上記犯情やこれまでの被告人の同種前科の科刑状況に照らし,主文の刑は免れず,一部執行猶予を選択する余地はない。」とされています。

 控訴もしまして,控訴審判決では「原判決の量刑はやむを得ないものであり,これが重すぎて不当であるとは言えない。また,原判決の懲役3年4月の量刑が相当である以上,被告に対して刑の一部執行猶予制度を適用する余地はない」とされています。

【事例②】

 私はこれまで2回,確定判決前の余罪で一部猶予狙いをしたが,どちらも全部実刑となってしまいました。

 理屈は,それぞれ異なります。まず,最初にチャレンジした際は「確定済みの裁判と合わせると3年を超えるので,一部猶予はダメ」というものでした。もっとも,3年を超えるからつけられないという趣旨ではなく,3年を超えるから法の趣旨と違うよねというニュアンスです。

 2件目は,事情の総合考慮でダメですという趣旨。

 この2件は非常に特殊な事例だと思います。ともに,本罪が処断された時点では,一部猶予の制度が施行されてなかったので,本罪の方で一部猶予になる可能性はなかったというものだからです。

 その後,一部猶予が施行されて,本罪確定前の余罪が処断される際には一部猶予が可能でしたが,上記の理由からともに全部実刑となってしまいました。

 ところで,本罪が一部猶予になった後,確定し,確定判決前の余罪で処断される際,一部猶予がつくんでしょうか。

 理論上はつくのでしょうが,実務上はどうでしょう。難しいと思います。

第7 一部猶予と仮釈放

 一部猶予制度は仮釈放の先取りではありません。その人の人的要素によっては,実質的に一部猶予が仮釈放の先取りになっている人もいるでしょうが,制度趣旨は異なります。

 しかし,一部猶予を受けて服役中の方の中で,「一部猶予をもらうと仮釈放がもらえない」という話が流布されているようです。

 これは,私には分からないです。処分後のことは本当に知らない。刑事弁護をやるには,もっと処分後のことを知らなければならない。けど,ほんと,知らないです。

 そろそろ一部猶予をもらった人が出所しはじめてくる頃です。もう何人かは出所されているでしょう。弁護士会は,是非とも一部猶予と仮釈放の関係を調査してください。ピンハネ(以下ry

 私見では,一部猶予をもらうと,刑期が短くなるので,仮釈放をもらいにくい(もらえる期間が短い)のではないかと思っています。

 ただ,本当に,分からないので,誰か教えて欲しいし,弁護士会は調査したり,統計取ったりして欲しい(費用はピンハネから出してください)。

 薬物事犯で一部猶予をもらうと,出所してから必ず保護観察がつきます。一部猶予をもらうと仮釈放をもらえないなら,一部猶予を拒絶して,仮釈放をもらう方針を取る方がいいこともあるでしょう。

 刑事弁護は綺麗ごとではないですから。

第8 最後に

 たったの数件の経験で,偉そうに意見を述べましたが,諸先生方のご指導を仰ぎたいという趣旨です。是非,ご指導頂戴したく,よろしくお願いいたします。

 後で読み返して「この頃の俺,アホやな」と思えるように,引き続き研鑽を積みたいと思います。


(この記事は以上です)

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