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母親として性差別を考える

ある日、中学生の娘が学校から
「不審者に注意」という内容の手紙を
貰ってきました。
その日の夕飯の食卓で、娘が
「この手紙、貰ったの女子だけで、
男子には配られなかったんだよ。
それで、男子の一人が
『何で俺らにないの?』って
いう話になって、みんなで
確かにそうだよねって話してたんだ」
と話してくれました。

また別の日は、「今日の体育の授業は
長距離走だったんだけど、男子は1500m走って
女子は1000mで良くって、
ソフトボール部の女子が、
自分は1000mじゃ物足りないって言ってて、
逆に男子の一人は、俺は1000mも
無理ってぼやいてた」と。

「親の時間」のクラスで、
性差別をテーマに話を聞きあうことも
沢山あって、娘の話を聞いた時、
こうやって若いうちから男女差を自然に
受け入れてしまうのだと思いました。

つい先日『心と体の声を聞くクラス』で
たまたま参加者三人が、同じ泊りがけの
ワークショップに参加し、
数日家にいないことがありました。

リーダーが「みんな家にいなかった間、
うちの様子は変わったことなかった?」
と質問をしました。
みんな、特に自分がいなかったことで
問題はなかったと答えました。

母親が家族を置いて、
自分のやりたいことの為に
数日家を空けたら、
社会はどう思うでしょうか。
父親が急に出張で家を空けても
社会は何も言わないでしょうが、
母親は温かい気持ちで
見てもらえるでしょうか?

私も以前はこどもを置いて
泊まるなんてできないと思っていました。
もちろん、子どもの年齢もあると思いますが、
年齢に関わらず、自分のやりたいことのために
母親が家を留守にすることは、
本当にいけないことと思っていました。

理由はただ漠然と「母親」だからです。
このことは娘の話と関係していると思います。
男性はこうで、女性はこうするのが
当たり前と、全く理解できない「差別」を
取り込んでしまったからです。
私が子どもを置いて
外泊できるようになるまでは、
「親の時間」の仲間に
たくさん話を聞いてもらいました。
そして、夫の理解と協力を得るまでに
さらに時間が必要でした。

それで今やっと、自分のやりたいことに
時間を使えるようになりましたが、
まだまだ出かけるのにいろいろ準備が必要で、
前日に決まってサッと出かける
夫の出張の様にはいきません。

何気ない違和感や疑問がすごく大事なことと
繋がっていることを実感した、娘の話でした。

追伸
以前ブログに書いた、娘の部活を作る挑戦は
残念なことに失敗に終わりました。
でも、学校からの帰宅途中で
友達からダメらしいと聞いたので
娘は学校に電話をして、事実の確認と
できない理由を聞きたいと先生に話し、
先生の説明に納得できたそうです。
「本当に良く頑張ったね!」と娘に伝えました。

まきちゃん

※この文章は2018年7月に書かれたものです。

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