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色彩が司るもうひとつの彼女の世界


彼女の表情がみるみる曇り始め、眼差しが鋭さを増していく。

宙を睨みながら、低く野太い声で、まるで天井あたりに浮遊している何者かに反論しているかのような彼女。

彼女の世界が「怒り」という色彩に変わった瞬間だ。

「怒りの色彩」で世界を染め上げた彼女には、もうこちら側からの言葉はまるで届かない。


彼女の意識は、彼女の内側から聞こえてくる「その声」に押さえつけられているかのよう。

怒りに頬を紅潮させながら「その声」と必死に戦いながら、もがいているような彼女。

彼女の噴き上がる怒りのエネルギーはとどまるところを知らず、そのありあまるエネルギーを燃やし尽くそうとするかのように、「絶叫」というポイントに到達する彼女。


そんな彼女は時に、噴き上がる怒りの合間を縫うように、急にこちら側に帰ってくることもある。

そして、少し外れた視線を私の目にむけながら、彼女の内側に住み着いている「怒り」を物凄い勢いでぶつけてくる。

「私のお母さんは、私が寝ている間に部屋に忍びこんで、私の服を盗むの!!だから私には何も残ってないの!!」

「私のお母さんは、いろんな人を利用して私の銀行口座のお金を盗んでいるの!!お母さんはあなたのことも利用してるの!!」

「私はお母さんが大嫌いなの!!」


海の向こうに住む、彼女の年老いた母親に怒りを噴き上げる彼女の目には、うっすらと涙が浮かんでいる。


あらゆる色を使って、変幻自在に世界を染め上げる彼女。

それはまるで、日の出から夜の間に自由自在に変わる空のよう。


そして、彼女の内側の「その声」に思い切り怒りをぶつけ尽くした時、急に彼女はこちら側に帰ってくる。

まるで、今までのことを何も覚えてないかのように、またあの愛らしい笑顔を浮かべて私の手を取り、

「私の世話をしてくれてありがとう」

と、ゆっくりと感謝の言葉を送ってくれる。


彼女は、私達人間の感情の移り変わりを、鮮やかな色彩を使って私の目に映してくれているのかもしれない。


遠い昔、

「顔に出すな」と言われ続けていたあの頃。

その言いつけを頑なに守りながら長い間生きてきた。

でも、その言いつけを守ることで、どれほど自分自身を痛めつけていたのかを知ってからは、自分の感情全てを愛して生きていこうと決めた。


そんな私のそばに広がる色彩豊かな彼女の世界が、私には何か特別大事な存在のような気がして仕方ない。

彼女が変幻自在に彩る世界の中で、私はその魅惑の色彩にいつも心を奪われてしまうんだ。


*前回の記事「色彩が司る彼女の世界」の続編です。