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父の遺産

父の魂があまりに突然に彼の肉体を離れたのは、彼がこの世に誕生してから56年目の春だった。

そう、今頃。

彼が息を引き取ってから葬儀が終わるまでの間、私の意識は夢と現実の境界線を彷徨い歩いているようだった。

そして、彼の葬儀を終えて家に帰る途中、タクシーの窓から見えた梅の花に目を覚まされた。

あぁ、春が来たんだ。

これからは、父がいない季節を何度通り過ぎて生きていくのだろうか......。 そんなことを考えながら、何ごともなかったようにそこに流れている日常の風景に僅かな不可思議さを感じた。

私の魂が私の肉体と共にこの世に存在して、今年で54年。

父の「あの瞬間」に限りなく近くなってきた私の中で今、何かが目覚めようとしている。

いや、もしかしたら「それ」はもう既に目覚めているのかもしれない。

私の中に、今まで決して感じたことのない、得体の知れない巨体なエネルギーが揺らめいている。

そしてその穏やかな揺らめきは、私がある方向に向かって進み出す瞬間を、息を潜めて待っているかのよう。

私といえば、その揺らめきを見つめているうちに、この体を投げ出す覚悟が既に整っている自分に少しだけ驚いている。

さぁ、行こう。

私の魂と肉体がかたく手を取り合った瞬間に、私の世界は音を立てて回り始める。

これが、父が私に残した奇跡の遺産。

その箱を開ける勇気がみなぎる2019年2月を、私は忘れることはないだろう。