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決して語られることのない密会の夜


週2回ペースで私と彼の密会の夜がやってくる。

夜の11時に差し掛かった時、

足音もたてずに突然現れる彼。

ダイニングの隅っこでじっと立ったままうつむいて、途切れ途切れに言葉を発し、

つたない言葉でカプチーノをリクエストする彼。

「オッケー!カプチーノね。」

そう言って私は彼のためにカプチーノを作りテーブルに置く。

「ここに座ったら?」

そんな私の問いかけにこっちを見るでもなく、じっと立ったままうつむいて何かを囁いている彼。

そんな彼をほっておき、私も自分のカプチーノを作り始める。カプチーノをいれながら、ダイニングの隅っこで小さくなって囁いている彼にもう一度、

「カプチーノできてるよ。座りなよ」

すると彼はうつむいたまま、ようやく一歩一歩、スローモーションでテーブルに近づき、そして優しい微笑みをカプチーノに向けてスローモーションで椅子に座る。

さて、私も自分のカプチーノを持って、丸テーブルの彼の左側に座る。

彼はというと、顔をちょっと右方向に向けてうつむいたまま、しきりと何かを囁いている。


「ねぇ、カプチーノ美味しいね」

そんな問いかけに彼は何も答えてはくれない。

「ねぇ、いったい何を囁いてるの?」

再度の問いかけにも彼から返事が返ってくることはない。


隣に座ってる私の存在など、まるでどうでもいいかのように、

うつむいたままただひたすら囁き続けながら、たまにクスクス笑ったり、たまに突然大爆笑を始めたり。

一点を見つめたまま、囁きながら、クスクス笑いながら、カプチーノを美味しそうに飲む彼を見ているだけで、私は幸せと安心で満たされていくんだよ。

隣に座ってる私のことなんか目もくれない彼なんだけど、例えようもない、何か柔らかくて暖かい空気のようなものが、彼の座ってる場所から流れてくる感覚が大好きなんだ。

この密会が、日を追うごとに私の安らぎの時間になってきたんだよ。

言葉での会話が存在しない世界からやってきた彼との密会は誰にも語られることはないんだよ。

私達だけの秘密の夜なんだ。


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*オーストラリア、シドニーにあるグループホームで働いております。私のクライアント達は「統合失調症」「自閉症」「鬱」を持つ人達です。そんな彼らとの日常での何気ない触れ合いを綴ってます。


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