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3つのアポロ 月面着陸を実現させた人々

 1964年生まれの私の記憶に残っているアポロといえば、サターンロケットのプラモデル、行きたくても行けなかった大阪万博で展示された「月の石」、テレビで見た月面車の映像くらいのもので、残念なことに初めて有人で月面に着陸した11号(1969年)、危機的な事故から生還をはたした13号(1970年)の記憶はない。本書は、アポロ前史から17号までの系譜と宇宙飛行士だけではなく技術者・科学者にも焦点を当てたストーリーが記されている。偶然見つけ、読まずにはいられなくなった本である。

知らなかった

  • ナチスドイツのV2ミサイルの産みの親で、後に米国で宇宙ロケット開発を主導したフォン・ブラウンが、ドイツ戦末期にロケット技術を残そうと南へ逃げ、アメリカとソ連がそれを手に入れることに躍起になった

  • ソ連には、西のフォン・ブラウンと双璧をなすロケット開発者セルゲイ・コロリョフがおり、初期の宇宙ロケット開発を主導していた

  • 私が生まれた1964年、アメリカでは有人ロケットはなく無人のジェミニ1号が打ち上げられ、ソ連はちょうど東京オリンピック開催中に無理やり3人乗りにしたボスホート1号が打ち上げられた

  • 11号で月に行って無事に帰ってくるという初期の目標が達成され、12号からは月の調査を行う科学ミッションだったといえる

  • 17号には地質学者のハリソン・‘ジャック’・シュミットが月着陸船操縦士として月に降り立ち、科学者自身による月探査が行われた

技術者のアポロ

 私もエンジニアの端くれであり、技術者とアポロのかかわりは最も興味のあるテーマである。さらに、ソフトウェアエンジニアとして、マーガレット・ハミルトンの功績を取り上げないわけにはいかないであろう。

8号の危機回避

 宇宙飛行士が入力するのコマンドの誤入力により、宇宙船を打ち上げ前のプログラムに初期化して待機状態にするコマンドが実行される恐れがあることに気がついた。そのコマンドが実行されると、新しく入ってきた情報がこれまでの位置情報データを片っ端から上書きされ、宇宙船が現在どこにいるのかまったくわからなくなってしまうというものであった。それを回避するプログラムを提案するも、宇宙飛行士は間違いを起こさないと却下されてしまうが、8号で実際にそれが起きてしまう。幸にも何が起きたのかがわかり、プログラムを再入力することで事なきを得た。
 私たちの仕事でも、出荷状態に戻したり、デバッグや試験のために特定の状態にするコマンドを組み込むことがある。デバッグや試験用コマンドは出荷用ソフトでは機能しないようにするし、初期化するコマンドは必ず2段階の操作が必要となるようにしている。

11号の月着陸直前のエラー頻発

 月着陸船が着陸を目前にして繰り返し発生した「1202」というエラーメッセージで、着陸を断念するかどうかの瀬戸際に立たされたのは有名な話。
 このエラーはコンピュータが実行する処理が処理能力を超えたことを示すもので、このときは月着陸船が司令船とドッキングする際に使用するレーダーを誤って起動してしまったことによりコンピュータの負荷が高くなったに発生した。コンピュータには最も優先度の高い処理に集中する「非同期処理システム」の機能が組み込んであり、要因がわからなかったものの着陸誘導制御が最優先で動いているはずだと、エラーを無視させ着陸させることができた。
 マルチタスク・マルチプロセスのシステムでは各処理に優先度を割り当てることはしているが、ここまで徹底したものはやったことがないと思う。ありとあらゆることを想定して、設計検証、評価を行ったと想像できる。

この本読んで

 この投稿自体は、本書の紹介でも書評でもないので、それを期待して読まれたかたには申し訳ない。だが、私自身知らなかったことが多かっただけに、SFで描かれた宇宙ロケットからアポロ17号までの歴史や隠れたストーリーを知るにはいい本だと思う。著者の的川さんが、アポロ計画にかかわった人から直接聞いた話もちりばめられており、よりリアリティを感じさせている。
 ロケットの打ち上げ後の司令船・補給船と月着陸船の動きが図解されていれば9号・10号の話が入ってきやすかったと思う。

 アポロ計画を通して「システムズ・エンジニアリング」の手法が形成されたことはよく知られている。しかし、月に人を送って帰還させるという夢のような命題に対して、システムズ・エンジニアリングが機能する前の混沌とした段階があったはずで、どんな過程を経てあのような形になっていったのかに興味を持った。仕事でもどうやったらいいんだろうと途方に暮れそうな課題にしばしば直面するが、乗り越え方のヒントになるような気がする。

 「3つのアポロ」とは何か、アポロ計画が3つの要素で成り立っていたことを言っている。これらの要素が何か気になったら本書を読んでみてほしい。

リファレンス

 最後に本書を補完してくれそうなアポロ計画に関する動画を3つ紹介しておく。


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