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たぶんその頃

まずは上の動画の4:35あたり「2人の出会い」のパートを見て欲しい。
漢a.k.a.GAMIとZeebraの出会いにまつわるいい話なんだけど、あれ?あの時ひょっとして?って記憶が僕にもあったので書いてみました。


僕は当時パチンコ屋の床やカーペットを清掃する「テクノハウス」という会社で働いていた。

静岡の片田舎の小さい会社とどういう関係があったのか知らないが、月に1回、渋谷のマルハンタワーの定期清掃が入っていて、閉店後の23時くらいから数時間の作業のために静岡からハイエースに機材を積んで渋谷まで通っていた。

作業を終えて静岡に向けて首都高に乗るまでに道玄坂の細い坂を登るルートがあって、毎回必ずそこを通るんだけど、ハーレムやらクラブエイジアやらクラブがひしめき合っていたので、夜中から朝方にかけてもかなりの歩行者がいて、車で通るのはあまり好きではなかった。

その日はおそらくヒップホップのイベント、しかもかなりの規模のイベントの終了の時刻と重なって道玄坂はごった返していた。

NEW ERA率100%。全員ツバは真っ直ぐ、金色のシール剥がせや!東京ドームの巨人戦行ってもそんなキャップ被ってるやついねえぞ!ってくらいのキャップ軍団が道を塞いでいる。

当然こっちは仕事帰りだし、ハイエースに会社の看板も背負ってるから安全運転。
ゆっくり人混みをかき分けながらチラッとバックミラーを見ると、後ろの席に座っている若い頃暴走族の特攻隊長だったでお馴染みのゴッさん(当時40)が白目95%、パチンコ屋の換金所で必ず見かける指名手配犯の見立真一の全盛期みたいな顔でBボーイ達にメンチ切ってる。(写真参照)

「ゴッさん!会社の名前入ってんだからやめてよ!」
と注意するのと同じくらいのタイミングで車が縦に揺れだした。

ハイエースの天井には脚立を何脚か載せていたのでそれを取るために後ろのハッチにハシゴが付いてるのだが、キングコングみたいなニューエラ野郎がハシゴに捕まってグイングイン揺らしてるのがバックミラーで確認できた。

「ス、スキン君、止まったらダメだ。そのまま進みなさい」助手席の主任が青い顔して言うのだが、テンション上がってるニューエラ達は更に増え、ハシゴには3人くらいがぶら下がっていただろうか?「オラァ〜!テクノハウス!テクノなのかハウスなのかはっきりしろコラー!ヒップホップの日に良くそんな車で通れんな!」

知らねーよ、テクノもハウスミュージックも関係ねーだろ。
知らねーけどたぶんハウスクリーニングテクノロジーとかが語源だよ、この会社は。

縦に揺れ、横に揺れかなりの人数に囲まれたが、少しづつ車を進めてたので、坂を登り終える頃にはニューエラ達も諦めて、カラスがゴミをつつく、いつもの渋谷の朝の風景だった。

ちょっとまだ荒ぶってるゴッさんが「マジヤバかったっしょ、車倒れるかと思ったもんな!1人の奴と目が合ってさ、そらすわけにはいかねーだろ?いや軽く300人はいたべ」

いたべ?じゃねーから!あんなとんでもねぇ白目剥いて外見てんじゃねえよ!だからヤンキーは嫌いなんだよ!


確かこの事件が2001年だったはず。
もし漢がジブさんにデモCDを渡したのが仮に同じ日だとして、ジブさんが通った後に僕らが通ったとしたら…
あのキングコングはテンション上がった若かりし頃の漢 a.k.a. GAMIだったら…
等と考えたらHIPHOPの歴史の1ページにエキストラで参加できたようでなんか嬉しくなった。


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