江古田リヴァー・サイド 62

「腹をくくったようだね」

 尹さんの言葉に、ヨージと玲さんはこくりと頷く。

「事実婚でもパートナーでもなく、法律婚を選ぶということは、インパクトも最大になる。良い意味でも、悪い意味でもね」
「それはわかっているよ」
「GIDの部分を差し引いても、一人の女の子としては充分過ぎる人気が、既に玲ちゃんにはある。この部分は成功と言っていい。オネエ芸能人こそ多いけれど、この国にはそれ以外のセクシャル・マイノリティのロールモデルが存在しない。人の性なんて、レインボーカラーに示されるようにとても多様だし、本当はカテゴライズできるような単純なものじゃない。7色程度じゃとても足りないよ。とはいえ『性別違和の女の子』のラブストーリーは、人々に概ね好意的に受け入れられた。シンデレラは、胡散臭いドレッドヘアの在日韓国人のオンボロのハイエースで、舞踏会に参加するところまで漕ぎ着けた。あとは、悪い継母と姉達にきつ〜いお仕置きをして、王子様がガラスの靴を履かせてあげればいい」

 「そのことなんですけど」と、玲さんが手を挙げ、言う。
「来月のヌコヌコ超会議のライブで、結婚を発表しようかな、って。よーちゃんは馬仮面脱いで、正体を明かして……」
「「……ヌルい」」
 尹さんと呂大人の声がハモる。

「でしょうか……」
「いや嬢ちゃんよ、そりゃ思いっきりテンプレートなヤツではあるけどよ、面白くもなんともねぇぞ」
 呂大人の言葉に、尹さんが続く
「わかりやすくも王道。なればこそ、潰し方のノウハウも持ってるだろうし、当然そのラインは向こうも想定済みだと思う。去年は週刊文冬のセンテンス・ウィンター砲が猛威を振るったけど、文冬砲も万能じゃあない。半年くらい前に文冬がスッパ抜いたJリーガーの不倫スキャンダル。一気に盛り上がったけど、すぐに鎮火したでしょ?」

 うっすらと覚えがある。名前すら思い出せないが、Jリーグのどっかのチームの選手が他のどっかのチームの選手の奥さんとW不倫でどーのこーのとか……

「あー、おぼろげな記憶だけど、あったね。アレ、誰と誰が何だったんだか全然思い出せないけど」

 オレの言葉に、尹さんがニヤリと、実にワルそうな笑みを浮かべる。

「あれはね、揉み消されたんだよ。さすがに『起きなかったこと』にはならなかったけど、『些細なこと』のレベルまで意図的に落としたんだ」
「どうやって?」
「カンタンさ。『もっとインパクトのあるネタ』を供給すればいい。どんな大惨事も痛ましい事故も、歴史的な事件も。文化やカルチャーすら恐ろしい速度で消費してしまうのが『日本人』だよ。この国の人達は、糾弾と憐憫の対象を、常に求めてる。喜怒哀楽の全ての感情すら、消費の対象だ。3.11の時は特に酷かったよね。感動やら勇気やら絆やら、赤札バーゲンセール状態だった」
「うーん…理屈はわかるけど、あの不倫スキャンダルって、さほどのネタでもなかったから埋もれたんじゃね?」

 イマイチ釈然としないオレが問うと、呂大人が答えた

「あの選手の件はな、不倫だけじゃねぇんだよ。ソイツな、ちとヤバい連中が胴元やってるバカラ賭博に手ェ出しててな、文冬はその件についても尻尾を掴みかけてた。賭場のカシラもそれは察してて、芋づる式に自分達の商売が危うくなるのを避ける為の自衛が必要になった。なにしろそこは、芸能人にスポーツ選手、政財界の連中まで出入りするドル箱だったからな。で、生贄になったのがリベラルの政党と関係の深い馬島弁護士だ」
「あ! アタシ覚えてる!! 児童福祉関係の話題でよくTVに出てきてたけど、JCと援交したのがバレてすんごい叩かれてたよね!」

 目を丸くした仁美が言った弁護士は、リベラル然とした風体と語り口で報道バラエティ番組等で人気のあった弁護士だ。

「ああ、ソイツだ。まぁ馬島弁護士はそもそも下半身の制御は不得意だったようだが、別にロリコンってワケじゃあねぇし、独身の馬島弁護士が『自由恋愛』を愉しんで、愛情の表現としてアクセサリーやらバッグやら現金をプレゼントしたところで、まぁ法的には問題ない。日本じゃ売春は禁止されてるが、『恋愛』なんだからなんの問題もねぇ」
「それ、ソ◯プランドのタテマエと一緒じゃない……」
「タテマエだろうが苦しい言い訳だろうが限りなく黒に近いグレーだろうが、通る時ゃ通るもんさ。だが、バランスは常に危うい。何か一つでもギリギリの均衡を崩す要素が加わりゃ、いっぺんでアウトだ。馬島弁護士は、その翌々月の都知事選で左派野党の友愛党の公認候補として出馬の予定だった。与党の自主党側は当時現職の中込要市知事がしょっぱい金額の公費私的流用で退任するわ、公認候補の増岡ひろあきの演説は閑古鳥だわ、同じ自主党議員で非公認で勝手に出馬した大沼理々子は、非公認なのに人気瀑上げで党幹部の立つ瀬はなくなるわで大困り中だった。そこへきて馬島弁護士の出馬表明だ。リベラル票をガッツリ持っていかれたら、惨敗どころの騒ぎじゃねぇ。非公認とはいえ、テメェの党の候補を潰すワケにもいかねぇワケで、そうなると自ずと、潰さにゃならん相手は馬島候補ってコトになる。おおかた自主党と繋がりの深い保守団体とコネクションのあるどっかの三下が、その更に下のガキ共の少年少女の売春コミュニティに仕掛けさせた、ってトコだろうよ。議員の先生方は心配の種が一つ減ってハッピー、ガキ共はお小遣いが貰えてハッピー、三下は手柄ができてハッピー、団体の人間は議員に貸しができてハッピー。三方よしどころか、四方よしってヤツだ」
「……どっちにしても胸糞は悪いけれどね」

 仁美にしては潔癖な反応に、オレは少し驚いた。

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